コントにおける興味の持続

「2021年10月に考えたこと」というマガジンに収録されている記事です。単品で買うと300円ですがマガジンを購入すると600円で今後他の記事も読めます。


キングオブコント2021をとても楽しみにして、誰かと一緒にピザを食べながら観たいと思っていたけど、結局一人で作ったカレーを食べながら観ました。放送開始の時間にカレーが間に合わなくて急いで作ったため、あまりおいしくないカレーができてしまったのがとても悲しいです。

いつもだったらキングオブコントもM-1も参加していないからこそ、完全にお客さんとして観れていたのですが、今年は本気で参加したという事でいつもよりほんの少しだけ違う気持ちで観ていました。今思い出したけど二回戦でファイナリスト二組に挟まれた香盤だったなあ。やっぱりウケ量足りてなかったなあ。とも思いました。

僕は漫才もコントも大好きなのですが、好きな理由はそれぞれ違います。

漫才は(特にM-1では)「とにかく笑わせること」という事だけを達成するために全てが構成されているその美しさが好きです。

自分が伝えたいメッセージなどを漫才の乗せる人もいるとは思いますが、ほとんどの人は「見ている人を笑わせたい」という気持ちのみで漫才をやっていると思っています。「笑わせる」という目的が全員に共通しているからこそ素晴らしい。

一方コントは、漫才と同じく「笑わせること」を目的にしているとは言え、純粋にそれだけではない懐の深さにとても惹かれます。

演者が役柄に入り一つの物語を作りあげているため、見ている人にとっては笑い以外の感情を呼び起こす事ができます。

「その展開は笑いに必要なのか?」と思われる事もあるかもしれません。確かに直接笑いには繋がらないかも知れないけど「コントという物語の完成度を上げる」という事に繋がり、それが結果的に笑いを増幅させる事にもなります。

キングオブコントは賞レースなので「笑いだけを求める」という風潮も強くありますが、近年は僕が好きなコントの「笑い以外の感情」を描くコントも増えているような気がします。特にそれが今年は顕著でした。

そんな事を考えながらコントを見ていて、特に気になったのは「コントにおける興味の持続」という事です。

ここから先は

1,644字
この記事のみ ¥ 300

頂いたサポートでドトールに行って文章を書きます