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『無門関』第六則世尊拈花

本則口語訳


昔お釈迦様が霊鷲山において説法を行うというので大勢の参加者が有難いお話があると期待していたら、

ただ一輪の花をすーと持ち上げて見せただけであった。

花について何か話すのかと静かに黙っていたところ、

迦葉尊者が一人破顔微笑した。

そこで空かさずお釈迦様が言った。

「我に、正法眼蔵、涅槃妙心、実相無相、微妙の法門、不立文字、教外別伝が有る、それを摩訶迦葉に伝える。」

解説

魔訶迦葉尊者とはお釈迦様の後継者として認められた人である。

説法と言っても現在のようにお寺の中で行われるのでは無く、霊鷲山という鷲に似た山の中で行われていました。

ここが一番重要なキーポイントであり、このキーポイントに注目した講話を知りません。

大抵は不立文字、教外別伝を解説しています。

それは間違ったことでは無いのですがこの公案の趣旨からみてもの足りないのである。

禅では今、ここ、自己が重要であります。

時間の過去から現在未来の流れの実相無相を観ずることである。

花は突然顕われたのではなく、花は不生不滅であるのである。

実相無相とは「無相」すなわち形が無いのである。

即ち不生不滅であり、生まれもしなければ滅しもしないのである。

だから形の無い花を見るには主体と客体に分かれて、自己が花を見る必要が生じるのである。

不生不滅の花を生じさせるには、言葉にしてみるのである。

言葉が無ければ花は見えないのである。

ここは山の中である、草木や花はすでに目の前に沢山あるではないか。

何故その他の草木や花が見えないのか。

一輪の花は時間と共に移動したからである。

一輪の花はすーと持ち上げられて見せられたからである。

そこには一輪の花の差異が生じて相対化される。

相対化されるとは比較することである。

実相無相の世界から時間空間の現実の世界に現れたのである。

現実の世界では生じることもあり、滅することあるのである。

それでは何故聴衆が一輪の花を見つめたまま何も言わなかったのか、迦葉尊者が一人破顔微笑したのか。

ここで公案を透過するには本則と無門禅師の評語提唱それに頌提唱の三つに共通する真理を見つけることである。

無門の評語口語訳

黄色い顔のお釈迦さん、傍若無人にして正常な見識のある人を見下げて、羊の肉と言って犬の肉を売って、とても許せることではない。

何か興味のある話があるのかと思ったら何もない。

もし聴衆の全員が笑ったら正法眼蔵は誰に伝えるのか。

迦葉尊者が笑は無かったら正法眼蔵はどのように伝えるのか。

それでも正法眼蔵が伝わったと言えば人を騙したことになる。

もし正法眼蔵の伝授が無かったと言えば何故迦葉尊者を許したのか。

解説

大のおとなを集めておいて大切な説教でもするのかと思っていたら一輪の花を持ち上げてゆらゆらと揺すっただけではないか。

もし聴衆の全員が笑ったら正法眼蔵は誰に伝えるのかと言う。

これは「ルビンの壺」現象を一輪の花に例えたのである。

どんな立派な説教するのだろうと、お釈迦様の姿に目が眩んで最初からその横に立てられていた一輪の花に誰も注意をする者は居なかった。

ルビンの壺で言えば壺を見ていても人の顔に気づかなかったのと同じである。

見えていても見ていなかったのである。

ところが迦葉尊者は実相無相といって花の形で見るのではなく実相で観るのである。

こんなことは日常いくらでも経験しているだろう。

山道で石ころの多い道で特に注意をして否かってもうまく避けて歩いてゆくだろう。

自動車をスムーズに運転するのも全てを見て居なくっても自然に手や足がはこばれるのは、形を見なくとも見えているのである。

実相無相とは目で見ないで全身心で見ることを言う。

この実相無相に気付いていたのが迦葉尊者であった。

何時もは立てられていない一輪の花を意識することなく記憶しているのである。

花を花であると言葉で記憶するのではなく心像の痕跡を残しておくのである。

だから迦葉尊者は何時も置かれていない一輪の花に今日は何か変化があるだろうと予想していたのである。

矢張り何か企てているという直感が当たったので笑ったのであった。

はからいを捨てれば実相無相という正法眼蔵はすでに人々に伝わっているのである。

無門の頌口語訳

花を持ち上げれば

見えなかった花が現れる。

迦葉尊者は微笑す

聴衆者全員仰天する。

解説

もうお解りだと思うのでこれ以上言うことはありません。

ただ公案を通過するには実相無相を全身心で証明しなければなりません。



参照文献

『公案実践的禅入門』秋月龍眠著 筑摩書房
『無門関』柴山全慶著 創元社
『碧巌録』大森曹玄著 柏樹社

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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