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無職なのにカードゲーム始めてみた



~この記事は、夢を追うために無職になった独身アラサー男が、現実の厳しさから逃げながら、ちっぽけなプライドと少ない貯金と向き合う中で誘惑に負けて始めた趣味の話である~


~なおカードゲームに興味が無い人のため、なるべく分かりやすく、手短にまとめようと心がけた結果、生まれてしまった謎の工夫についてはアラサーが絞り出した努力の成果として優しく見守って欲しい~



~なんだ この前置き~



無職なのにカードゲーム始めてみた



作家になりたい。

挑戦のために仕事を辞め、自由な時間を使って勉強に励んでいた。しかし、想像を形にすることは簡単なことでは無い。自分が書いたものを見るたびに落ち込む日々が続き、自然と現実逃避を重ねるようになっていた。


アラサー無職が逃避行する場所と言えばYouTube。同世代の男が猫とイチャイチャする動画やジークンドーで弟子を吹っ飛ばす動画ばかり見ていた僕は、かねてからファンだったゲーム実況者が、あるカードゲームを始めたことを知った。


『遊戯王ラッシュデュエル』というらしい。


誰もが聞いたことのある名前に、聞き慣れない言葉がくっついている。どうやら『遊戯王』とは違う、全く新しいカードゲームらしい。ルールは簡単に、説明はシンプルに生まれ変わり、ラッシュという言葉通り、めまぐるしく状況が入れ替わる……ことが特徴だそうだ。


僕は遊戯王が好きだった。しかし、昨今の遊戯王は一方的な展開になることが多く、カードの説明も広辞苑かってくらい長いものもあるらしく、とっつきにくい印象があった。

どうやら『ラッシュデュエル』は簡単そうだ。それだけじゃない。懐かしいカード達がリメイクされ、新しい姿に生まれ変わっているものまであった。


デュエリストだった方々は、もれなくあの頃の思い出が蘇るだろう。Twitterから画像をお借りして、一部を紹介する。

before(遊戯王)


after(ラッシュデュエル)



before(遊戯王)



after(ラッシュデュエル)


なんじゃこりゃ!



無職、お金を作る



「いやいや、おれ無職やし」

「遊ぶために貯金したわけじゃないし」


言葉と裏腹に、貪るように対戦動画を見ていた僕は、友人と出かけた際に150円5枚入りのパックを一つ購入した。

僕は友人に「たぶんコレ開けたら満足するわw」「まあ、もしレアカード出たら始めるかもしれんなw」と、塾講師時代に子ども達から「みょー先生って大人っぽくてカッコいいよね」と言われていた頃が嘘のような激ダサ言い訳に草まで生やしつつ、車の中でパックを開封した。


9人中8人が当たる抽選で落ちるほどクジ運が無いにも関わらず、見事にレアカードを引き当てた僕は本格的にラッシュデュエルを始めることになる。ゆで卵と勘違いして生卵を机に叩きつけるうっかり屋の友人も、「おぉん」とかいう適当な相槌で応援してくれた。

まずは貯金残高とのデュエルに勝たねばならない。収入が無くても税金は高く、財布は軽くてもコンビニのスイーツは旨い。生きているだけでお金はどんどん無くなり、カードゲームを始める余裕は少ない。


それでも、なんとかして資金を作るために、僕はやらなくなったゲームやパン屋時代に集めていたポケモンカードを売ることにした。これが意外と高く売れ、借金してウシジマ君にシメられるような危機との縁は切れた。

さらに嬉しいことに、ラッシュデュエルを盛り上げるための様々なイベントは参加費が無料。かつ参加賞としてカードまで貰える。


僕はスマホの上で指を滑らせながら心を躍らせた。実は普段から上司に「器用だね」と褒められることが多い(関係ない)



無職、イベントに出る



ある土曜日、イベントに参加するため、僕はカードショップへと向かった。

「カードゲーマーは危険生物」とSNSで見たことがある。汚い、うるさい、ロリコン……、悪い噂は腐るほどあった。ひどいことを言う奴もいるものだと思いながらフリースペースに入る。直後、「割と噂通りやん」と思った。ひどいことを言う奴もいるものだ。


冗談はさておき、盛り上がっている人達の輪に入るのは、どんな場面でも難しい。正直なところ、「関わりたくない」というのが最初の印象で、参加賞をもらって帰ろうと思い立つまで、ほとんど時間は掛からなかった。


きっと心情を察して帰らせてくれるだろう。僕は店員を探した。

店員に話しかけようと近づくと、先に声をかけている男性がいることに気づいた。それがT吉さんとの出会いだった。


柔らかい物腰と綺麗な服装。すぐに「大人や!」と思った。どうやらT吉さんも僕と同じことを考えていたらしく、後に「あの時、みょー君がいなかったら続けてないと思う」と話してくれた。

もしどちらかが来ていなかったら……。そう思うと運命的な出会いだった。僕が女に生まれていたらラブがフォーリンしていたかもしれないが、T吉さんには素敵な奥様とお子さんがいる。男だろうが女だろうが完全敗北である。テンションがフォーリンするのでこの話はやめよう。


初めて知らない人とデュエルするのは、思いのほか不安だった。カードゲームには独自のマナーがあり、気づかぬうちに粗相をしてしまうこともある。しかし、そんなハラハラも初心者同士の戦いには関係ない。それに、真の大人は無職にも優しいのだ。

でもT吉さんの戦い方は全然優しくなかった。プレイヤーは自分だけの山札である「デッキ」を持ち寄って戦うのだが、T吉さんのデッキに名前を付けるなら『SMザウルス』だろう。


何それ?と思った方は、このカード達を見ていただきたい。



なんじゃこりゃ!

全く予想が出来ない戦い方に翻弄され、初の対人戦は終始ボコボコにされて大敗した。ちなみに僕はどちらかというとSです(関係ない)


自分では思いつかないデッキと戦うワクワクはとてつもなく楽しく、ラッシュデュエルに夢中になった僕は毎週のようにショップへと通うことになる。

なんだこのオタク語りと思った方もいるかもしれないが、カードゲームの真の楽しみは、まだまだこれからなのである。なんだこのオタク語り。



無職、意識が変わる



イベントに通ううち、T吉さんの友人も参加してくださるようになり、徐々にコミュニティが大きくなり始めた。

最初は関わりたくないと思っていた人達とも何とか仲良くなることが出来て、ある程度メンバーが固まり始めた頃、同世代の男性が唐突に現れた。後に僕の師匠となるA貴さんとの出会いだ。


僕とA貴さんの初めての戦いは、小さな大会の決勝戦だった。その様子は、小学生の頃にコンクールで無双していた僕のイラストで説明しよう。

海竜デッキが僕です

相性はこちらが有利にも関わらず、A貴さんは冷静に先の展開を読み、互角以上に立ち回る。その場その場で「いっけえ~!」と調子に乗る僕は、なんやかんやでボコボコにされた。デュエル直後、真面目な表情でA貴さんは言った。


「あのターン、こっちのモンスター倒されてたら、たぶん僕が負けてたッス」


A貴さんが話しているのは、デュエル中盤、A貴さんのフィールドにエースモンスターとサポート向きの弱いモンスターが並んだ場面のことだった。

どうしても一体しか倒せない僕は、脅威となるエースを攻撃した。しかし、真に厄介なのは純粋無垢なジャイアンでは無く、すぐ母親に言いつけやがるスネ夫のことが多い。


A貴さんは勝負の分かれ目だった大事な場面を、この先も戦うライバルである僕にわざわざ教えてくれたのだ。色々と驚いた僕は、咄嗟に「ほんまや」とタメ口で返した。ちなみにA貴さんは僕より一歳年上である。謝れ



無職、就職する



カードゲームの奥深さを知った僕は「A貴さんみたいに実力で優勝したい」と考えるようになった。ただ駆け引きを楽しむだけでなく、強くなりたい。

流行りのデッキを使えば簡単なのだが、その分だけ手の内は読まれやすく、流れに身を任せた戦い方をしてしまうことが多くなる。


「それならば」と、好きなカードを一番に活躍させられるデッキを考えた。一見すると弱いカードも、組み合わせとプレイングでトップに君臨するカード達を越えることがある。自慢するほどじゃ無いが、頭の回転の速さとアイデアには自信がある。


そうして生まれた、僕の“知と努力と愛”が詰まったオリジナルデッキ『天界神』を紹介しよう。

字が汚い


実はもうひとつ、どうしても優勝したい理由があった。今年の二月、唐突に就職が決まったのだ。

部長から「土日も出勤してもらうよ~☆」と言われた僕には、もう後も貯金も無かった。参加賞目当てに仕事をサボると生きていけない。本格的に忙しくなる前の最後の大会、僕は相棒を握ってショップへ向かった。


苦しい戦いの中、『天界神』は僕を優勝まで導いてくれた。自分で悩んで、自分で生み出したデッキで勝つことは、言葉で表せないほど嬉しい。二年ぶりの社会復帰も気持ちよく迎えられそうだ。

その後、カードゲームと向き合うことで鋼のメンタルを手に入れた僕は、シフト表に並んだ全ての土曜日に赤ペンで「」と書き入れ、再びイベントに参加するようになる。カードは心を強くし、同僚の視線を冷ややかにするのだ(働け)



元無職、嫉妬に狂う



ある日、仲良しメンバーが集まったいつもの大会に、見知らぬプレイヤーが現れた。オシャレなメガネとパーマが印象的で、女子が「かわいい♡」って言うタイプのイケメンだった。

知らない人の登場で、会場が一瞬静かになる。僕は初めてイベントに参加した日のことを思い出した。アウェーの空気は辛い。別にアンタのこと一人でかわいそうって思ったんじゃないんだからね!と、僕はかわいいイケメンに声を掛けた。


K野と名乗るイケメンは、とんでもなく人当たりの良い好青年だった。輝くオーラを浴びたことで嫉妬に狂った僕は「アタシだってオシャレパーマくらいしたことあるんだからあ!」とデュエルに全てをぶつけたが、一回戦でT吉さんに瞬殺される。戦いの神はいつも正しい。

(一人だけ)波乱に満ちた大会で優勝したのは、関西から引っ越してきたばかりのK野さんだった。ホッとした表情で「実は受け入れてもらえるか不安で、みょーさんが話しかけてくれて本当に嬉しかったです」と言ってくれた。


ちなみにK野さんは僕より一歳年下で、優くて明るい奥様がいる。テンションがフォーリンである。



元無職、とても悩む



魂のデッキでトーナメントを制覇し、仲間も増え、順風満帆のカード生活に、とんでもないニュースが舞い込んだ。興奮した様子のA貴さんがスマホを差し出す。


「みんな『ギャラクシーカップ』どうします?」

『ギャラクシーカップ』は、日本一のラッシュデュエリストを決める大会、つまりは全国大会だ。地区予選を優勝した猛者は東京へ招待され、そこで決勝トーナメントを行う。


我らが高知県はアクセスしづらいせいか、全国的なイベントが行われることが少ない。そのため、最寄りの地区予選会場は徳島県となった。それほど遠くないとは言え、カードゲームのためだけに、わざわざ県を跨ぐのはやはり悩む。

スケジュールを考えた結果、いつものメンバーからは、僕とA貴さん、K野さんの三人が参加することに決まった。当日までの間、僕はデッキ作りに苦しむことになる。


A貴さんのような強者がゴロゴロいると考えると恐ろしい。頭の中では「どうせ強い人にボコられて帰ることになるんでしょ?だったら行かない方がいいじゃん。ウチもう帰る!」とヤンチャなJKが暴れている。

強いデッキはインターネットを通じて広まり、ほとんどのプレイヤーが同じものを使うようになる。似たようなデッキが対戦の場を占める状況を『環境』と呼び、環境の中心となるデッキは『環境デッキ』と呼ばれる。


『ギャラクシーカップ』の環境デッキは三種類。一言コメントを添えながら紹介していこう。

実は硬筆を習っていました

これらのデッキは、相手を倒すまでのスピード、チャンスを掴むパワー、ピンチを耐え抜く対応力、全てに秀でており、全てが『天界神』に対して強い。絶望によって、再び心のJKが暴れ出したことは言うまでも無い。


正直、行きたくなかった。勝つために環境デッキを握るのか。負けてもいいから好きなカードを使うのか。ずっと悩み続け、何ひとつ決まらないまま、ついに本番の二日前を迎えた。

諦めかけた時、唐突にカードの神が舞い降りる。仕事中(あまりにも暇すぎて何故か壁に貼られているカワウソの写真を眺めているサボり)のみょーに電流が走った。


「もしや、アレなら……?」


好きなカードを使いたい。そして勝ちたい。

楽しさと強さ、両方を持って徳島に行きたい。



僕が、たどり着いた答えは『野球ラーメン』!!!




前日にもらった有休のほとんどを使い、環境デッキとの戦いをシミュレーションする。あらゆる場面を想定しておくのは戦いの基本だ。そうして、僕が出した答えはひとつ!



「もう戦いの中で成長するしかないや」

少年漫画の主人公みたいな台詞を吐き捨てて、深夜2時に布団に入った。全国大会が始まるまで、もう半日も無い。



元無職、羽ばたく



あっという間に当日を迎え、K野さんの奥様の運転で会場へ向かう。徳島に着いたのは昼過ぎで、グルグル鳴るお腹と嫉妬による歯ぎしりの音が車内に響いていた。

到着してすぐ、大阪出身のK野さんが「お腹空いたし、マクドでも行きますか」と提案してくれた。あまりにもナチュラルな「マクド」に釣られることなく「じゃあマックいきましょう」と返す生粋の高知県民みょー。ぶつかり合うマクドとマック。一体ここはどこなんだ(徳島)


店員が可愛い上にやたら優しいマックでA貴さんと合流。覚悟を決めた様子の二人と反対に、僕は明らかに準備不足かつ体調も微妙だった。勝ちたいのかも、よく分からない。

迷子になった僕の感情は「久しぶりのチキンフィレオお~いしいな~♪」(ハチミツ食~べたいな~♪の音程)でいっぱいになってトイレに駆け込んだ。気持ちは複雑だが、お腹だけはいつも通り弱い。普段と変わらない自分に、少しだけホッとした瞬間だった。



『人事を尽くして天命を待つ』

あらゆる勝負事において必要なことだ。40名近いプレイヤーが集まった会場、僕は対戦に必要なメモとペンを忘れた。天の神もさぞかし呆れたであろう。

その場で買った「たべっこどうぶつ」のメモとペンは合わせて800円。高くない?ダイソー行ったら4つずつ買えるで?

既に負けたような気分だったが、人数の関係で不戦勝となり労せず二回戦へ。おかげで緊張はほぐれ、初戦は手を震わせながらも何とか勝利。続く三回戦も相手の不運であっさり勝ってベスト8入り。この時点で、高知で生き残ったのは僕だけとなっていた。全国の壁は想像以上に厚い。


その日の朝に「一回でも勝てたらいいですw」と舐めた態度をして空気を冷やした僕も、流石に高知代表として負けられない。襟を正した瞬間だったが、その後は嘘のようにスルスル勝ち上がり、あっという間に決勝戦へたどり着いた。

正直な話、当日までの僕に、勝負に懸ける想いはほとんど無かった。しかし、高知の仲間が、戦ってくれたライバル達が、僕にアツい気持ちを託してくれた。負けるわけにはいかない。


「みんなのためにも、絶対に勝つ」


強い気持ちで迎えた決勝戦の相手は、関西で(悪い方面に)有名なプレイヤーらしく、机の陰でゴニョゴニョされてあっさり敗北した。神は時に厳しい。



試合直後、高知の仲間は、僕以上に悔しがってくれていた。

それが何より印象に残っている。






こうして、後にSNSがプチ炎上した全国大会は、「中四国2位」という出来過ぎな結果で幕を閉じた。知らない人に「準優勝の方が気の毒だ」と同情されて泣きそうになったことは秘密である。

無職なのにカードゲームを始めた結果、僕にはたくさんの仲間が出来た。もしカードゲームが無かったら、出会うことさえ無かった人達と一緒に笑い合っている。現実から逃げた先に待っていたのは、十代の頃に負けないような青春だった。


2022年7月7日、遊戯王の生みの親である高橋和希さんが亡くなったことが報じられた。追悼の言葉があふれたTwitterの中で、僕は高橋さんが遺したある言葉を見つけた。感謝を込めて、引用させていただく。

駆け引きの奥深さ。勝つことの喜び。負けることの悔しさ。それらは大事だけれど、仕事でだって味わえる。でも、かけがえのない仲間との出会いは他の場所には無かっただろう。

また気兼ねなく県外に行ける時がくれば、変なデッキを握って新しい仲間を探しに行こう。そう思っている。



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