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【小説】”彼”と周囲の事情(1)【山岸美優】

山岸美優は、戸惑っていた。

今、彼女達は、渋谷の路地裏にいた。なんでこんなことになっちゃったんだろ、と、頭を抱えたい気分に陥りつつ、隣にいる親友を横目で見ながら、黙り込むしかない。

「ヨォヨォ〜、何か言ったらどうなんだよ?」

彼女達を取り囲んでいるのは、どう見ても無職にしか見えないチンピラ崩れの男達数名だった。強かに飲んでいるようで、呂律も足取りも危うい。
美優達も、つい先ほどまでは、表通りの居酒屋の一室で、サークルの飲み会に参加していたのだった。みんなが二次会に繰り出す中、親友である『南なずな』が、
「僕、気分悪いから帰る・・・」
と言いながら、何故か駅と反対方向にふらふら歩き出したので、何かあったのかと心配になって追いかけたのだ。

そこに、この妙な男共が、向こうから歩いてきて、道を塞いできたのだった。
え、と思う間も無く、すぐ横にあった路地裏に押されるように連れて行かれ、何故か今は因縁を付けられている、という状況だった。

どうしてこんなことになったのか。まだ大学に入りたてで、都会の夜にもそんなに馴染んでいない美優には、避ける術も逃げる技もなかった。
隣にいるなずなも、何を思うのか口を開かない。

「ヨォ、兄ちゃん。カノジョの前だからって、カッコ付けてんのか?なんか言ってみろよ〜?」

なずなを覗き込むようにして、さっきから話しかけてくる男達の一人が、なずなに詰め寄った。そこで、不意に気付いたような顔をする。

「ん?オマエ・・・女、か?どっちだ?」

そう、なずなは女の子だ。中性的な格好してるから、一見、そうは見えないけど。
同じ女子校に通っていたから、私が保証する、と、意味もなく頭で男に返事をしながら、なずなの様子をチラリと見ると、なずなは、美優より更に、この状況に困惑しているように見えた。
長袖の白いロングTシャツの下で結んだ拳が、ぎゅ、と握り込まれる。少し震えているように見える青白い唇が、微かに動いたが、言葉は出てこなかった。

「なんだよー、めんどいから脱がしてみれば?」

ギャハハ!と、男の後ろにいた金髪頭の別の男がはしゃいだように言った。
私はギョッとして、なずなと金髪男を交互に見たが、なずなは微動だにしない。
多分、私と同じか、それよりもっと、怖くて困っているはずだ。ここで彼女を助けられるのは自分しかいない、と思った美優は、勇気を振り絞って声を上げた。

「な、なんなんですか!放っておいてください!私たち、お金とか持ってないですから!」

半分、声が震えてしまったのは仕方がないと思う。むしろ、声が上げられたことを誰か褒めて欲しい、と美優は思った。それほどに怖い状況なのだから。

「金〜?いや、別にそーゆーのイラねぇよ、彼女ぉ。なんかオレ達、ヒマしてっから、ちょっと遊んで欲しいかな〜って思ってさぁ?」

お金より厄介で、即お断りさせて頂きたいお誘いだった。身震いするのをなんとか抑えつつ、美優は気丈な振りを演じようとした。

「男の方数人で、こんなところに勝手に連れ込んで、ひどくないですか!?行く所があるので、どこか行ってください!」
「ふーん、おねーちゃん、ぜんぜん分かってないんだねぇ?逃がして貰えるとでも思ってるん?」
「なんで、私たちを・・・」
「なんでだろうねぇ〜?オレ達も良く分かんないけどぉ〜?」

話が平行線を辿り、堂々巡りに落ち込みそうな状況の中、いきなり、男の後ろから低いバリトンが飛んできた。

「おい、ここで何をやっている」

恫喝するような、鋭い声。反射的に振り向いた目の前の男は、そこで、何かに気付いたのか、固まってしまっていた。恐る恐る、美優も顔を上げて、声の主を辿る。

そこには、1人の長身の男が立っていた。逆光のため、顔はよく分からなかったが、サングラスをしているようだった。腰まで伸ばした長髪は薄いグレー。身長は190cmはゆうにありそうで、黒い上着の上からでも、鍛え上げられた広い肩がみてとれ、何かスポーツをやってる人なのかな?などと、とんちんかんな感想を抱いていた。

「お、お前、なんだよ・・・関係ねぇだろ?」

チンピラ男は、既に戦意を喪失しているようだったが、声だけでも張り上げてその男を追い払おうとしている様子だった。しかし、大男の方はそれを無視し、大股で美優達へ近づいてくると、繁々と見回された。

(あ、この人、日本人・・・じゃない?)

髪を染めているのかと思ったが、間近で顔を見ると、彫りが深く、整った西洋系の顔立ちをしているのがサングラス越しでも分かった。

「女の子2人を、こんな大勢の男で寄ってたかって囲んでたら、素通りもできねえだろ。」

「女の子2人!?」

「どう見ても、そうだろ?」

これには驚いた。なずなを初見で女の子と確信できる人は、なかなかいないから。そのなずなはというと、何故か、出てきた大男の顔を目を見開いて凝視していた。

「失せろ」

ドスの効いた低い声に、周りの男達がビクリ、とざわめくのがわかる。助かるんだろうか・・・少し期待を込めて、そっと周りを覗ったが、男達が立ち去る気配は、無かった。

「関係ないところから出てきて、何言ってんだ!お、お前らやっちまえ!」

いかにも弱い悪役の言いそうな台詞だったが、それに勢い付いたのか、他の男達が一斉に大男に飛び掛かってきた。

キャ、となずなを引き寄せながら、体を縮こまらせようとして・・・それは、呆気ないほど(本当にびっくりするほど!)簡単に、次々とチンピラ達は男に投げ飛ばされ、蹴られ、殴られ・・・あっという間にキレイさっぱり、地面に沈んでいた。

私達以外、1人残らず屍と化した路地裏で、呆然としている私となずなを横目に、「じゃあ」と立ち去ろうとする男に、私は慌てて声をかけた。

「あ、あの!ありがとうございました!」

「別に・・・通行の邪魔だったからな」

「それでも、何かお礼を・・・」

「めんどい」

それだけ言うと、男はスタスタとまた大股で立ち去っていってしまった。そうだ、と気付いて横を見ると、なずなはまだ、雑踏に消えていくその男の後ろ姿を追っていた。

「レン・・・」

え、なずなの知り合いだったの?そんな雰囲気じゃなかったけど。と思い、美優はなずなに問いかけようとしたが、なずなは、

「早く、ここを離れよう」

と、美優の腕を掴んで、ぐいぐいと引っ張ってきた。そうだった。いつ、この男達が目を覚さないとも限らない。美優も同意して、今度は美優が先導して(なずなは方向音痴だ。酔っている時は特に)急いで、渋谷の駅前までたどり着いた。ここまで来れば安心だろう。

「なずな・・・あの男の人、知り合いだったの?」

「・・・あ、ううん、僕が一方的に知ってるだけの人」

何故か、ちょっと恥ずかしそうに、なずなは俯いて小声で言った。な、何それ、全然聞いたことない。美優は、自分の知らないなずなに、これまた戸惑わずにはいられない。

「え、どういうこと?知り合いじゃなくって、一方的に知ってるって?」

「僕のバイトしてるライブハウスで、よくギター弾いてるから」

そういえば、大学に上がってライブハウスの清掃バイトを始めたって言っていた。なるほど、音楽とかやってる人だったんだ。そう言われれば、それっぽい雰囲気もあったような気もする・・・でも。

「音楽やってる人って、あんな喧嘩とか強いものなの?」

「さぁ・・・多分レンだけだと思うけど・・・僕もびっくりしたもん」

そのレンという男の人は、恐ろしいほど喧嘩慣れしている雰囲気だった。そんな人がギターを弾くという。どんな音楽をやっているのだろう。恐怖が去ると、今度は俄然、興味が湧いてきてしまった。

「ねぇねぇ、そのレンって人のギター、聴きに行ってもいい?」

「僕バイトだし、タダとかには出来ないよ?」

「全然いいよ!彼の出る日にち分かったら教えて!聴きに行くから!」

別に、恋とかそういうんじゃないけど〜、と、美優は心の中で言い訳をしつつも、次にあったら、さっきのお礼をちゃんと言わなきゃとか、当日は何を着て行こう、とか気持ちが次々と暴走し始めるのを、止めることは出来ないのだった。

to be continue...

by  まいまいこ

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