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ワインの味に対する濾過素材や孔サイズの影響

今回が濾過についての最終稿になります。

前回までの記事は

デプスフィルターについて

粗濾過、仕上げ濾過、無菌濾過について

メンブレンフィルターとクロスフローフィルターについて


の3点になっています。

こういった濾過の種類があるということを踏まえた上で、最後に濾過素材の違いについてや孔サイズについて、ワインの味わいとの関係性にも触れながら見ていきたいと思います。


素材の違い

Depthフィルターは基本的にセルロースと珪藻土からなるということはここまでに出てきたと思う。

これらのフィルターは物理的な網の目による濾過の他に正に帯電していることによる陰イオン性の分子のキャッチという化学的な面での濾過も行っている。

とはいえ、この化学的な物質のキャッチは濾過開始後すぐに帯電が全て使われてしまうようなレベルなので、そこまでワインに影響はないとされている。

この2つの素材は単体で用いることもできるが、接着剤を通じて混ぜ合わさったようなものも使われる。

それらセルロースや珪藻土の割合が濾過フィルターとしてのモノの差を生み、そこから時間や圧力、流速といった諸々のファクターの影響を受けて、濾過後のワインの質が変わってくる。

また一方でメンブレンフィルターではPESとPVDFという素材があるということを述べた。

このPESとPVDFの大きな違いは均一性の部分にある。
PESは流れていくにつれて目のサイズが細かくなるが、PVDFでは一定のサイズの目のサイズだということがわかると思う。

これが前回に言っていたバブルポイント法でのチェックの差を生むそうで、さらには洗浄のしやすさといった点にも関わってくる。

特にフレーバーを添加するようなワインの濾過後、PESではそれを取り除くことが困難になるとしている。

ただ他のサイト等にPVDFのことはあまり記載がないことから、以前はPESが主流でPVDFは恐らく最近になってできた素材なのだろうと推察される。

ではこれらの素材の違いによって、あるいは孔サイズの違いによって最終的なワインの味わいにどういった違いが見られるのだろうか。

これらの違いを一概に比べることはかなり困難だ。

というのも各々役割が違うし、より細かいフィルターにかけるには前濾過が必要になってくる。

そのため限定されたものではあるが私が見つけた研究の結果をいくつか紹介できればと思う。


素材の違いで味は変わるのか

この違いによる差に言及している論文は1つしか見つからなかった。

その研究の主なポイントを取り上げたい。

この材質はCAがセルロースアセテート、PESにNYがナイロン、PPはポリプロピレンでCEはセルロース混合エステル言われるものである。

ただここではこの材質がこういった特徴があるということが言いたいわけではない。

材質が違うことで孔サイズが同じでも大きな差が出るということを言いたいのである。

例えば、この図の0.2㎛のNYのNTU濁度は濾過前のワイン(Initial Wine)の値とほとんど同じである。

一方でもっと孔サイズが大きいものでもNTUはかなり低くなっていることもあれば、同じCAでも孔サイズの大きいS&S社製の方が孔サイズの小さいAlbert製のものよりNTUが低くなっているといったことが見られる。

また全体を通して、総フェノール量やポリサッカライドのような多糖類が減少しているということも見て取れる。

ただ面白いのは0.2㎛の濾過にかけたものがあまり減少していないにも関わらず、もっと粗い濾過にかけたものがより減少しているといったことが起こっているということだ。

このあたりの減少は孔サイズの方で詳しく取り上げているが、濾過によって味わいが削がれる、濾過の素材によって多少削り方に違いがあるというのは科学的にも概ね正しいようである。

しかしながら、この結果からどれがどう削るかという議論は非常に難しく、それを判断材料にして濾過の素材を選択するというのはかなり難易度が高いように思う。

この濾過についての調査を依頼してくださった方は、一番ここを知りたがっていたので、非常に残念ではあるが、現状ではそういった情報は見つけることはできなかった。

ただこの研究ではCAの0.2㎛、0.45㎛のものが化学的にも作業時間の面でも一番優れていると結論づけている。削りすぎず、目詰まりもひどくない。

それでもS&S社のものとAlbert社のものを比べるとそのワインへの影響は全く違うものになってくるから、もしかしたら素材による差を考えること自体があまり意味のないことなのかもしれない。


孔サイズで味は変わるのか

こちらではまずクロスフローの孔サイズによる違いから。

この研究では赤白ともに実験している。白はゼラチン等で清澄したところから、赤は自然清澄をしたところからのスタート。

またその段階で、白は3NTUとかなり濁りがすでになくなっている状態、赤は16NTUとまだ少し濁りが残っている状態のワインとなっている。

クロスフローの孔サイズは一般的だと先に述べた0.2㎛(MF02)のもの、残りはダルトンという単位で表記されている100KDa(UF100)のもの20KDa(UF20)のものを用いている。

といっても筆者自身Daという単位を全く知らなかったので、ここでは単純に限界濾過 (Ultrafiltration)との記載があったので、孔サイズが1nm~0.05㎛ほどのもので大小2つとして考えて頂ければと思う。

まず全体として想像に難くないのは、細かい孔サイズのものの方が様々なものをより多く取り除けるということ。

これは事実で、コロイド粒子、濁度、フェノール、アントシアニンなどの物質が細かいフィルターでより取り除かれる。

それを示すグラフの一部を引用した。


1つ目はフェノール含量について。

一番上の線がもともとの量。

そして左から順により細かい濾過にかけた時の残量を示しており、例えば総フェノールであればUF20では66%の減少、一般的な0.2㎛のものであれば0.7%の減少を示している。


色もODという指標が分かりにくいかもしれないが、520が紫、420が褐色寄りの色の強さを示すものである。

いずれにしてもこの色の濃さと言う部分が細かいフィルターで下がっていることが分かる。

しかしここでもう1つ重要なことが読み取れる。

ここまで見てきた濾過で0.2㎛のものというとかなり孔のサイズとしては細かい方である。

この0.2㎛のものはSurfaceタイプのような絶対的な孔サイズではないために無菌濾過にしては少し不安が残るというだけで、無菌濾過でも実際は0.45㎛や0.65㎛で行われているということは述べた。

ということはつまり0.2㎛レベルの濾過でもほとんど色素やポリフェノールに影響を及ぼさないということがわかるのだ。

せいぜい数%程度の違いがあるかないかといったところだろうか。

もしかしたら味わいの面で濾過前のワインと比べると違いがあると感じられるのかもしれないが、それでもそこまで大きな差はないであろう。

そしてその「差」についてもこの実験では言及している。
ここでも2つグラフを引用する。


この官能評価試験は色、見た目の影響を排除し、事前にある程度トレーニング(対象の味わいについての強度の違いなどを学んでもらう)をしたパネリストを使っていると記載があった。

その評価で1つ目のグラフである「渋み」は、濾過前のものとMF02では評価に差はなく、UF20で一番許容度(acceptability)が高くなっている。

訳しにくい部分だが、一番親しみやすいといったところだろうか。

一方で「ボディ」は全てのワインで差がなかったと結論づけている。

この論文では3つの孔サイズを比べるのが目的なので、UF20とUF100では渋みに差があったというところを強調しているが、個人的にはMF02で差がなかったというところを強調したい。

これはつまり「消費者」レベルではかなり細かい濾過にかけてもほとんど味わいの差は分からないということである。

ただトッププロのテイスターだとどうかはわからないので、コンクール用、鑑評会用の場合は少し話が違うのかもしれない。

さらに少しややこしくなるが、この論文ではUF100が全体として一番優れているとしている。

これはこの記事では抜粋しなかった濁度がMFでは十分に下がりきらず、少し濁ったような状態であったのに対し、UF100では十分に下げることができ、かつ他の要素を削りきらないからとしている。

しかし、これに関しては前濾過をしっかりして濁度を落としてからMFにかける、MFのクロスフローの後に無菌濾過をするといった過程を経るのであれば、タンニンの量はUFに比べて多いままではあるものの濁度、色の観点では問題ないと考えられ、むしろ長熟ワインであればタンニンも色素も多い方がいいので優位だと考えられる。

またこの目の細かいフィルターは滴定酸度も低下させるというデータもあるので、それも長熟ワインには不向きの理由になり得るのではないかと思う。


ただこの記事の数%の部分を取り上げ、しっかりと変化があったと主張する論文もある。

その1つはCSの1.2㎛の前濾過、0.65㎛の無菌濾過を用いて、濾過前後のワインの色やポリフェノール、香りの物質の量について調べている。

この論文ではTPI(Total Polyphenol Index: 総ポリフェノール量の指標)やCI(Color Index: 色の濃さの指標)などの低下、およびバニリンやフルフラールといった香りの化合物の濾過後の減少について言及している(深く考えずBeforeとAfterを比べて頂ければと思う)。


どれも数%の減少ではあるが、安定して減少しており、それが優位な差だという結論である。


最後に取り上げるのは論文ではなくネットの記事ではあるが、香りの物質やその他の物質量についての記載がある。

例えば、一番香りの中で大きい分子とされているソーマチンでそのサイズは0.05㎛、そしてそれより小さい物質は基本的に先のDa(ダルトン)という単位で示されるとしている。

先のダルトンでいえば20KDaや100KDaより軽ければ?(Daは質量の単位) 限界濾過 (UF)の膜を通り抜けることができるということであったが、例えばタンニンであれば1,000~2,000MW(ここではMWを便宜的にDaとほとんど同じ感覚で使っている)であり、タンパク質や多糖類は40,000MWであったり100,000MWであったりする。

つまり20KDaが目のサイズであるUFに対して、タンニンは1~2K程度のサイズ感であるということだ。

ちなみに0.45㎛を便宜的にこの数字で表すと600Kほどのものであるそうだ。

つまりいかに0.45㎛や0.2㎛のフィルターが味わいにそこまで大きな影響を与えないかということが分かっていただけただろうか。

またこの記事ではPAD式のフィルターの色素吸着についても言及しているが、それもシングルバレルレベルの量で扱うとき以外は、すぐに吸着が飽和し大勢に影響は与えないとしている。

これらの香りや色の影響の小ささについて述べるのであれば、当然この記事の基本的な主張は濾過では味わいや香りは変わらないはずというものになるはずである。

しかし、この記事でも全体として味わいや香りに影響を与えないと言い切ることもまだできていないと主張している。

もしかすると影響がないと言い切れるようにするには「悪魔の証明」のようなものが必要なのかもしれない。




“官能評価は科学では未だ語りきることはできていない。”

濾過は確かにコロイドや、微量のポリフェノール類を取り除いているし、それがテイストやアロマにいい影響を与えるようなときもある。

かと思えばコロイドが持っていた粘性やボディ感を損なうようなこともある。

それはそのワインの醸造に携わる人のみがわかることで、それゆえ経験を要するところのようである。

ただ1つ言えることは、もしワインが微生物的に、そして化学的に安定でないならば濾過は必須の工程となるということである。

残糖、微生物、リンゴ酸、亜硫酸などさまざまな状態を鑑みて、仮に安定していると判断すれば濁っていたとしても濾過をする必要はない。

それが顧客に受け入れられるかは別問題ではあるが、おそらく無濾過というのは一定層にはウケがいいので、販路的にも困らないだろう。

ここまで説明してきて結論はそれかと怒られそうな気もするが、私が調べたレベルではここまでしか導き出すことはできなかった。

それでも様々な濾過の方法は今後検討するのに役立つだろうと思うし、濾過が味わいを変える可能性があるということ(造り手は経験的に知っていると思う)、それが科学では何による影響なのかということを断定できないということ。

巷では最近の世の中は便利でネットで何でも調べることができるようになったと言われているが、本当に重要なことは案外科学で解明されていなかったりする。

ワインにおける濾過はその最たる例なのかもしれない。


参考資料

・Membrane comparison for wine clarification by microfiltration
・Membrane filtration effects on aromatic and phenolic quality of Cabernet Sauvignon wines
・Crossflow Membrane Filtration of Wines: Comparison of Performance of Ultrafiltration, Microfiltration, and Intermediate Cut-Off Membranes
・Wine clarification and stabilization: necessity and objectives (Aude Vernhet)
・他授業資料と生徒作成のレポート
If Filtration 'Strips' Wine, What's Getting Stripped?
Choose The Right Filter For Your Application
Maximise Wine Quality By Choosing The Right Filtration Media
Gusmer Enterprises, Inc.

終わりに

ここまで読んでいただきありがとうございました。

全4回に渡るワインの濾過について。

濾過というトピックを調べてほしいというお声をいただいてからかれこれ3か月ぐらいは経ったかと思います。

ほんとになかなか気が乗らなかったトピックで私自身苦手意識があったトピックでもありました。

たしかに今回のまとめで一旦、濾過の全体像のようなものは見えてきました。

また今回の記事では濾過というトピックだけでなく、自分が分かりにくいな、日本語であまり整理されていないなと感じていた分野は、周りの方々もわかりにくいと思っているんだということも学びました。

一方で、ここからは濾過助剤やプレコーティング、そして多種多様な濾過の機材についてというところを現場レベルではもっと深堀していかなければなりません。

今後そういったものを取り挙げるようになった時には私はワインの製造現場にいることでしょう。

それでも新しいトピックにはまだまだ挑戦していきますし、何かあれば依頼として投げて頂ければリサーチするということも引き続きやっていきたいと思っています。

今後ともよろしくお願いいたします。

これからもワインに関する記事をuploadしていきます! 面白かったよという方はぜひサポートしていただけると励みになりますのでよろしくお願いします。