読書が好きです。って堂々と言えるようになりたい。

自分が好きなものを断定的に言うことは難しいことだと思う。好きだと断言すると、自分以上に読書を好きな人が世の中には存在していて、自分なんかが自信を持って好きと言っていいものかと卑下してしまう。

心の中にいる、本当に読書が好きな人がささやく。「好きって言う割に、本読んでないんだね」とか、「好きなのに有名な〇〇読んでないの?」って。

こんなふうに考える人って少ないのだろうか。だから、自分の好きなものを公言できたり、SNSに載せれたり、断言できる人ってすごいと思う。自分の芯を持っているからできると思う。

ここまで書いてきて、自分、自分と意識が中に向いているのだと気づく。自意識過剰であることは自覚しているし、治そうとは思っていない。(自意識についてはまたの機会に)

とにかく、誰に何か言われた経験があるわけでもないのに、好きなものを好きと言いにくい。この原因について考えてみたい。

特段、仲がよくなった友達には読書、日向坂46、大豆だとわこ、マイヘアが好きだと言える。しかし、自分が仲良くなりたいとは思わない人、なる必要がないと思う人には漫画が好きだと言っている。このことには今、書きながら気づいた。

つまり、自分の中の情報が無意識にランク付されていると考えられる。上記した読書や日向坂46は自分にとって大切で、傷つけられたくないものだ。それらを、たいして仲良くもない人に教えてしまうと、相手の何気ない一言で嫌な思いをする可能性がある。それを避けるために好きだと言うことを避けている。

こうなってくると、題名にある「読書が好きです。と言いたい。」とは誰に対して言いたいことなのかが重要な要素であると分かってきた。

結局は、なぜ自分の好きなものを好きと言うこともできないのかとモヤモヤしていただけに過ぎない。好きだからこそ慎重になるし、好きだからこそ共有する相手を選びたい。ただそれだけのことだったのだ。

そう考えると、信頼できる相手には好きなものをたくさん伝え、そうでない人には伝えやすい好きなものを言うという現状のスタンスを続ければいいのだと思えた。

長々と駄文を打ってきたけど、文字にすることでなんとなく抱えたモヤモヤをすっきりすることができるし、深く考えられるような気がしてきた。noteっていいものですね。



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