サム・アルトマンは何者なのか(中)
AIのリスク
アルトマンがCEOを務めるOpenAIは、人類全体に利益をもたらす人工知能を目指しています。ただAIの危険性もアルトマンは認識し、警告をしています。
そのリスクにはAIが人間の仕事や役割を奪う、人間の自由や権利を侵害する、人間のコミュニケーション、関係を変えてしまうなど、人間の意思や価値観と対立する可能性があると指摘しています。
この人間の仕事をAIが奪ってしまう、という危機予測をアルトマンは重く受け止め、その対策も同時に実行し始めています。それが暗号資産のWorldcoin計画です。
Worldcoinについて
サム・アルトマンは量子情報科学と機械学習の専門家であるアレックス・ブラニアと世界規模の大型暗号資産プロジェクト「Worldcoin」を2020年に共同設立しました。
公式サイトには、「Worldcoinは、国や背景に関係なく、世界中の誰もがデジタル・グローバル経済へアクセスできるようにすることを目指しており、全ての人に所有権を与え、世界最大の人間のアイデンティティと金融ネットワークとなるように設計されています。
AIの時代に地球上の全ての人が恩恵を受ける場所を確立するという意図があります。」とコンセプトが書いてあります。
Worldcoinがしているのは、AIが進歩によってボットとヒトの区別が難しくなっていく中で、「個人を特定するためのIDを発行することで、ネット上でもAIとヒトを区別することができるようにする」というものです。
具体的にはアプリをダウンロードした上でWorldcoinが独自に開発した球形虹彩スキャンシステム「Orb」にアクセスし、虹彩(※)のデータをスキャンすることで「World ID」を発行しています。
先日、弊社スタッフも暗号資産のイベントに参加し、「Orb」で虹彩データをスキャンしてWorld IDを発行してきましたが、8月22日時点で既に世界35か国約225万人がWorld IDを発行しているようです。
全ての人に生活保障=UBI
サム・アルトマンはなぜこの「Worldcoin」を始めたのでしょうか。
アルトマン率いるOpenAIが2022年11月に人工知能チャットボット「ChatGPT」を公開すると、瞬く間に世間を席巻しました。
弊社スタッフ自身も使ってみて、どんな質問をしてもその意図を理解しているような回答が返ってくるので非常に驚かされました。
しかし、アルトマンは「ChatGPTは序章にすぎず、最終目標は安全なAGI(汎用型人工知能:人間に近い知能を持つ人工知能)を作ること」と語っています。
さらに彼は「革新的な技術を一気に出すよりも、AIの進化を段階的に見せることで人々に徐々に慣れてもらう方が良い」とも説いており、彼の中ではAGIまでの道筋が既にできあがっていて、私たちが想像しているよりもはるかに速いスピードで実現するのかもしれません。
もし、非常に性能の高いAGIが実現した世界が訪れた時、一部の職業を除いてほとんどの人が職を失い、二極化がどんどん進んでいくことが予想されます。
その時に職を失った多くの人々が最低限生活するために必要な所得を保障する必要がありますが、この考えは「ユニバーサルベーシックインカム(UBI)」(※)と言います。
先述したように、AIがヒトと区別できないほどに発達した際も、虹彩のデータを用いたWorld IDによってネット上でその人が“ヒト”であること、保障の対象者であることを証明できます。
そして、アルトマンはWorld IDを持つ人に対してWorldcoinを配布することで、目標の1つであるUBIを成し遂げようとしているのではないかと考えられています。
一方で、イーサリアムの共同創設者であるヴィタリック・ブテリン氏はWorldcoinに対して、虹彩でスキャンをする以上個人情報が漏洩する可能性があることや、Orbの数には限りがあるので世界中の人が簡単にアクセスできないこと、Orbにサーバーやシステムへの不正侵入を可能にするバックドアが仕込まれている可能性が否定できないこと、ユーザーのスマホがハッキングされたり、脅されて虹彩スキャンの提供を強制される可能性があるといったリスクを挙げています。
また、英国やフランスの規制当局もWorldcoinの調査に乗り出し、ケニアでも家宅捜索が入るなど、規制上の懸念がまだ多く残っているというのが現状です。
AIの大きな可能性とそのリスク、そしてそれへの対策と、アルトマンは考察を重ね、同時にその実行も推進しています。いずれも地球規模での活動が必要になりますが、アルトマン自身、個人、あるいは一企業での限界も経験しています。
2023年5月、彼は米国議会上院の総委員会に招かれ、AIが人類の大きな課題を解決する可能性を指摘しながら、「AIは予測不可能な方法で社会を変えるほど強力だ」と警告し、そのリスク軽減のために「政府の規制による介入も必要だ」と証言し、国家レベルでの対応、対策の必要性を強調しました。
アルトマンがAIに抱く期待と危惧、そしてそこに見られる技術や社会、人類への貢献を考える大きな視点はどのようにして育まれたのでしょうか。次に彼の実像を知るために、彼のこれまでの歩みとその他の活動の舞台を眺めます。
サム・アルトマン その生い立ち
アルトマンは1985年4月に米国のシカゴで生まれ、ミズーリ州セントルイスで育ちました。ユダヤ人の家系で母親が医師でした。8歳の時に初めてコンピュータを買ってもらい熱中したといいます。
成長期から同性への関心が高かったとも自ら認め、ゲイであることを公表しています。高校を卒業後、スタンフォード大学でコンピュータサイエンスを学びますが、次に紹介する起業のため19歳で中途退学します。
大学在籍中に始めたのが、自分の位置情報を共有すると、友人の位置情報を見ることができるというサービスアプリ、Looptでした。アルトマンはこのスタートアップの共同創業者兼最高経営責任者になります。
スマートフォンが本格的に普及する前にそのSNSの可能性に気づいての起業でした。その先駆性は評価され、ベンチャーキャピタルからも多額の融資を受けましたが、大きな市場の獲得まで至らず、最終的にはその技術とノウハウを4000万ドル余りで売却しました。
エンジェル投資家
しかし学生で起業実績を残した評判は広がり、アルトマンはシリコンバレーのインキュベータ―(起業支援施設)のY Combinatorのパートナーになります。Y Combinatorは2005年の設立で、スタートアップを対象とした投資やコンサルティングを提供しています。
具体的には起業家に対し、ビジネスモデルの構築、製品の開発、マーケティング戦略、資金調達、法務・労務管理などの支援、アドバイスを提供します。アルトマンはこのY Combinator でその才覚を発揮します。秀でた洞察力と指導力により、次々に投資を成功させ2014年には同社の代表になります。
彼が成功させたスタートアップにはオンライン宿泊予約プラットフォームの「Airbnb」や、クラウドストレージとファイル同期サービスの「Dropbox」、オンライン決済処理サービスの「Stripe」、人事管理業務のクラウドサービス「Zenefits」などがあり、それぞれの分野での主要なプレーヤーに成長しています。
そしてそれらを成功させたY Combinator は、シリコンバレーを代表する創業支援企業となりました。2021年末で投資先の時価総額は4000億ドルを超えたといわれます。
アルトマンは2019年にはY Combinatorを含むY Combinator Groupの代表にも就任します。毎年1000社の投資を目指し、これまでに約3500社への投資がされたといいます。
並行して成長段階の企業を対象にする7億ドルのファンド「YC Continuity」や非営利研究組織「Y Combinator Research」なども設立、将来の社会、教育、都市開発の在り方などの研究も進めています。
アルトマンは2019年3月に、多忙になったOpenAIの業務に専念するためにY Combinator の代表を辞任しました。
= (下)に続く=
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