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終わったことはしゃーないよ

人生には分岐点があります。学校を卒業したり、転職したり、結婚したり、最愛の人が亡くなられたり、、、。そんな大きな出来事も大切ですが、もっと小さいけど、とっても大切な分岐点もあります。

順風満帆な人生なんてない

大前提として、いかなる人間も順風満帆な人生を歩んでいるわけではありません。誰にだって、悲しい出来事もあれば挫折もあり、歯噛みするほど悔しい仕打ちにもあっているものです。それなのに、どうして過去に囚われてしまう人とそうでない人がいるのでしょう?

①過去に起きた悲劇を「教訓」や「思い出」として語る人。
②いまだにその出来事に縛られ、不可侵のトラウマとしている人。

①と②の人では、どちらが上手くいくでしょうか。もちろん、①の人ですよね。そして、②の人は、過去に縛られているのではなく、その不幸に彩られた過去を自らが必要としているのです。

悲劇という安酒に酔い、不遇なる「いま」のつらさを忘れようとしているのです。

つまり、今、自分が不幸なのは、過去にあったあの出来事のせいにしているのです。そして、その甘美な言い訳に酔い、自分を慰め、未来を見ようとしないということです。

心をあらわす三角柱

ある三角柱には、次の3つのことが書かれています。

①悪いあの人
②かわいそうな私
③これからどうするか

日常のあらゆる場面で、多くの人々は、①か②の話に終始しています。

自身に降りかかった不幸を涙ながらに訴える。あるいは、自分を責める他者、また自分を取り巻く社会への憎悪を語る。家族や友人と語らうとき、相談事を持ちかけるとき、いま自分がなにを話しているのかを自覚することは、なかなか難しいものです。しかし、①、②、③のように視覚化すると、結局、①か②しか語っていないことがよく分かるのです。

「悪いあの人」を非難するか、「かわいそうな私」をアピールするか。それらに、どんなに同意を求め、訴えようとも、そして、それを聞いてくれる人がいようとも、一時のなぐさめにはなり得ても、本質的な解決にはならないのです。

私たちが語るべきことは、そしてもっとも大切なことは、③の「これからどうするか」なのです。「悪いあの人」も「かわいそうな私」も必要ないのです。

つまり、今この瞬間に、「未来をどうするか」「これからどうなりたいか」ということを考えることが大切なのです。考える中心を未来に向け、今この瞬間、頑張ることです。

結論

人は過去に意識を向けがちである。今、どこに意識が置かれているのかを知るために、自分を客観視するメタ認知が必要である。もし、過去に意識が引っ張られていたら、すぐに未来のビジョンに意識を切り替えること。たとえ、1時間前に嫌なことがあったとしても、それは過去。すぐに未来のビジョンへと意識を向けることで未来を切り開いていくことができるのです。

今日も素敵な一日をお過ごしください。

#ビジネス #過去 #未来 #頑張る #アドラー心理学

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