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介護というお仕事

まさに千差万別な利用者

今年の頭に介護初任者資格をとってから少しずつ実務を始めている。基本の旅行の仕事が始動してもマイペースで続けやすいように登録している居宅介護支援の事務所もとても好意的にスケジューリングをしてくださり、助かっている。
そんな駆け出しの僕でも、ひと言で「介護の仕事」と言っても、100人100通りの、これほど自分の中の人間力が問われる仕事だとは思わなかった。
僕は今発達障害の8歳の男の子のBOP(旧学童クラブ)への見送りやちょうど僕の一回り下の男性のおウチの清掃、93歳の左麻痺のおばあちゃまや87歳のお爺ちゃまの着替えやお食事のお世話、92歳のお爺ちゃまの男の子ウチの清掃などを行っている。
居宅介護サービスは細切れで、1回のお仕事はほとんど1時間以内の細切れ。最初はこんな短くて何ができる?と思っていたけれど、意外にヒトの生活はパターン化に慣れているみたい。慣れていけば時間も余るし、利用者もそのワンパターンをあまりに気にしていない様子。

介護の仕事の奥深さ

不慣れな僕は、掃除につい集中してしまい黙々とやってしまうのだが、あまりに綺麗にしてしまうと翌週からやる事がなくなるし、思っていたより時間はだいたい少し余る。  

この余った時間に利用者の方々と「話す」ことがたぶんこの仕事の大切かつ難しい要素だと感じている。
基本的に居宅介護で訪問する利用者の方々は皆独居だ。すぐ隣に息子さんご家族がお住まいになっているけれど「このままだとゴミ屋敷になっちゃうのでは?」と思うようなケースも少なくない。人生の終わりはやっぱり独りぼっちなのだ、と目の当たりにして怖くなる。

僕は、僕なりの想像を膨らませ、お家にある本棚や飾られているご家族の写真などを見て出来るだけ余った時間に会話をすることにしている。
ひとには皆それぞれの歴史があり、そこには夢や楽しかった思い出や挫折ややり残した悔いなどがあるのだ。例え多少の痴呆が始まっていても、それらのカケラにちょっとかするような一瞬の時が、脳を活性化するのではないか、と思ってそうしている。
僕が担当している発達障害といわれる男の子は会うとすぐにギュッと手を握ってくる。「肩車をしてほしい」とよくせがまれるが、見た目が優に30キロ以上ありそうなわんぱく坊主なので、無理。わずかな距離のオンブで我慢してもらっている。とにかく、父的な愛情に飢えているのか、スキンシップが好きみたいだ。
「どこまでやるべきことで、どこからやってはいけないことか?」このあたりの線引きも実際あるようなないような、自身の判断に任される。
僕は旅行というサービス業をやっていたから、まだその辺の感覚は身に着けているつもりだが、一般的に会社で任される到達点が見える仕事とは違う。毎回自分が試される、自分の人間力を問われるような仕事だ。もちろん「介護の仕事」として最低ラインで終わらせる方法もある。けれど少なくとも、自分が利用者側だったら、その方が楽しい時間になる気がする。介護される側になるまでそう遠くないであろう僕は、やっぱり自分がヒトに優しさを求めたいから、僕もできるだけプラスアルファをしたいと考える。

逆に僕が刺激を受けている

会話といっても、うまく聴こえてないのか 話しが一方通行になったり、見当違いの答えが返ってきたりすることも多々あり、かといって意外なところで注意を受けたり、聞き取れないからといっていい加減な答えでも駄目だし、かといって期待して声をかけても肩透かしを食らうことがよくある。ある意味コミュニケーション能力が普段より高く問われる上級編といえるかもしれない。そして何より、そんなことにいちいち腹を立てたりがっかりしていられない。
ここでも、自分の人間力とか包容力とかを問われているようだ。

失礼ながら、僕は誰しもが一日一日死に向かって生きていることを、仕事に行く度自覚できること自体、50歳を超えたタイミングで自分がこの仕事に触れてよかった、と思えてならない。

まだまだ僕は本当に介護の初心者に過ぎない。日常生活で中々出会えない方々とのとても貴重な時間を楽しめる余裕を早く身につけたい、今はそう思っている。

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