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[小説」eternal charm ~呪い~


大勢の若者たちが石造りの大きな門に吸い込まれていく。まだ幼い者、もうじき成人する者、一人で歩いていく者、複数人で歩いていく者。その誰もが同じ服を着ていた。ここは王立魔法学院。王族の者や貴族の子弟などの王国中のエリートが集う場所。学生にして騎士団に所属している者やその才能を認められ女王に仕えている者もいる。

この学院はもともと持っている魔力量や現在の実力、魔法の傾向などによってクラスが編成されている。その中でも”メガロフィイア”と呼ばれるクラスは魔力量、現在の実力ともにトップクラスで直感型の魔法使いが集まる。

群衆の中にいるひときわ大きな魔力を持つ者もまた”メガロフィイア”の者だった。夜闇のような黒髪を顔周りは顎くらいまで、後ろだけ長く伸ばした、少したれ目がちのまだ幼さの残る顔立ちをした少女。

「ごきげんよう、トワ様。」

「ごきげんよう。」

「トワ様」と呼ばれた少女は声の持ち主の方に向き、柔らかな顔をより一層ほころばせ、その笑顔を見た者はみな魅了されてしまいそうな無垢な笑顔を見せた。それはまるでオーニソガラムが咲いたようであった。彼女の胸元には鍵の形をしたペンダントが太陽の光を反射していた。



光の刻。何人もの院生が屋上に出るために階段を駆け上る音がする。他の院生と同じように食事をとるために屋上に出たトワの頭上の空はほんの少し灰色がかっていた。とはいえ他の院生たちは全く気づいていないようだった。

この国では空や海などの自然の様子は何かの予言だと考えられている。魔法使いは誰でも程度の差はあれ自然に対する感受性を持っているが、特段感受性の強いトワは誰よりも早く自然の変化に気づく。他の者には感じ取ることのできないほど些細なことであってもトワは敏感に察知する。それゆえ周りからは心配性と思われることもしばしばだ。

目を閉じ風を感じてみる。いつものような透き通る風ではないが、かと言って何か邪悪なものも感じなかった。しかしトワはどうしても拭えない引っかかりを感じていた。



「…空が…黒い。」

魔法実習のために外に出たトワは空を見上げながらふいに呟いた。光の刻には空の様子を全く気にかけていなかった院生たちも空を見上げ不安そうな表情を浮かべていた。空は先ほどとは一転して、真っ黒な絵の具で何度も厚く塗り重ねられたような黒をしていた。やはり先ほどの引っかかりは気のせいではなかったようだ。

(何か、起こるかもしれない。)

トワは鍵の形をしたペンダントに手を添え、セレンに心を通じさせた。するとペンダントが光り始めた。ペンダントを通じてトワは自身が感じた予感をセレンに伝え、セレンからも月の周辺に邪悪な気配を感じるという伝えがあった。

(何も起こりませんように。)

トワはその柔らかな顔に影を落とし、どんどん黒く覆われていく空をじっと見つめていた。

「それでは魔法実習を始める。」

院生たちは各々の場所について、魔法を使う体勢に入った。まずは手慣らしに基本魔法から始める。魔法には基本魔法と高等魔法がある。基本魔法は魔法使いが最初に習得する魔法で全ての魔法の基本になる大事なもの。しかし基本魔法と言っても簡単な訳ではなく、ある程度練習を積まないと上手くできない。

とはいえさすがは”メガロフィイア”。基本魔法は朝飯前で発動速度も正確性もトップクラス。基本魔法だけで高等魔法にも対抗できうるほどの腕前だ。しかし、その中でもトワの魔法は秀でていた。圧倒的な魔力と魔法コントロールはつい見惚れてしまいそうなほど美しかった。

それは高等魔法の時も変わらなかった。高等魔法ともなると「メガロフィイア」の院生と言えども上手く魔法をコントロールできなかったり、魔力の消耗が激しくなったりするが、トワは余裕そうな表情のままだった。

トワは一通り手慣らしを終え、練習本番に移る。呼吸を整え目を閉じ、鍵の形をしたペンダントに意識を集中させる。ペンダントが光り始めトワの視界に今まで隠されていたものが写り始める。

(?!)

ふいにトワの目つきが鋭くなり動きを止めた。辺りに気配を集中させる。目を閉じペンダントを握る。邪悪な気配が漂っていた。気配の源を探った。自分の周り全体に邪悪な気配を感じる。

ペンダントにより意識を集中させトワが何かに気づき振り向いたとほぼ同時に茂みの中から黒い影のような小動物が飛び出した。その物体は腕に抱けるくらいの大きさで、背には翼が生えていた。

「魔憑き。」

トワが静かに叫んだのと同時に視界の端の院生の悲鳴が耳に飛び込んできた。トワはすぐさま加速魔法を使いその院生のもとに行き、魔憑きに向かって魔力砲を放った。トワのあまりに俊敏な動きに魔憑きは反応しきれず、状態を崩した。トワが時間稼ぎをした間に何人かの学生が攻撃魔法を使う体勢に入った。

「ミア、浄化魔法をお願い。」

「はい!」

ミアと呼ばれた学生は魔憑きに向かって手のひらを向け、白く強い光を放ち始めた。その光は魔憑きに向かって一直線に進み魔憑きを包んだ。魔憑きを覆っていた黒い影が剥がれだし、やがてもとの茶色の毛があらわになり、先ほどまで魔憑きだった小動物はその場にぐったり倒れた。

魔憑きが浄化された瞬間空気が緩んだのが分かった。みな緊張と不安で張り詰めていたようだ。魔憑きが学校に現れることは時々ある。学園にいる間に大半の院生が一度は出くわすくらいだ。

しかし慣れているとは到底言い難かった。都から外れた町の出身の者はそれなりに魔憑きを見たことがあり、魔憑きに出くわした時の対処法も小さい頃から叩き込まれる。一方で都には魔憑きの元となる動植物が少ないうえ、警備がされているので都出身の者で魔憑きを実際に見たことがある者は少ないだろう。

「トワ!」

「セレン。」

遠くからセレンの声が聞こえた。声の方向に目を向けると、まっすぐに伸びたきれいな金髪を揺らしながら走ってくるのが見えた。

「大丈夫、もう魔憑きは浄化された。」

トワは心配そうな顔をしたセレンの方をまっすぐに見て言った。しかし、セレンの顔は曇ったままだった。

「だが…。」

セレンはトワの後ろを指さしていた。トワが思わず振り返ると、そこには思いもしなかった光景が広がっていた。"メガロフィイア"の院生が、苦しそうに倒れかけていたのだ。

「どうして?誰も魔憑きに攻撃されていないはずなのに。」

トワは冷静を装っていたが、内心は動揺していた。辺りの気配を探ってみるが、みなの不安がまだおさまっていない気配しか感じられなかった。

「呪い。」

セレンが空を見上げながら驚きを含ませた声で呟いた。

「呪い?魔物じゃないのに。魔憑きは呪いをかけられないはず。」

トワは何かを求める目でセレンを見ていた。

「我も呪いの気配は感じない。だが、月が教えてくれた。」

呪いをかけられるのは魔物本体だけで、魔憑きには本来呪いをかける能力はない。しかし、この状況で魔憑き以外が呪いをかけたとは考えにくい。だとしたら、魔憑きが呪いをかけたのだろう。

「我はこの魔憑きと呪いを調べる。トワは"恵の水"を皆に。」

幸い、トワがすぐに"恵の水"で治療したので大事には至らなかった。しかし、トワは気が気でなかった。魔憑きが呪いをかけたという前代未聞の事実、そして呪いの気配を全く感じないことに不安が拭えなかった。

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