過去の恋を昇華させたい。

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最近の記事

やまだしす それから

出会った日に文字通り一目惚れして 夏に告白されて産まれて初めて付き合って 2年経ってワガママになりすぎた私が別れを切り出して ひたすら後悔し、引きずり続け 20年経って死んだと連絡が来て 遺骨を身に着けて、タトゥーに刻んだ うまく脚色すれば(あともっと若ければ) お涙頂戴の映画にでもなりそうなストーリー。 遺骨を身に着けても タトゥーに刻んでも 正直なにも変わらない。 相変わらず私はごめんねとありがとうを言えなかったことを後悔しているし、たらればを考えて生きている。 別

    • やまだしす からだにきざむ

      施術日が近づいてきて、私の心は意外にも穏やかだった。 前日もぐっすり寝て、当日もしっかり食べて。 依頼した彫師さんの元へ向かう。 打ち合わせはインスタのDMで済んでいる。 当日は大きさと位置、インクカラーのチェックのみで淡々と進む。 服を脱ぎ、消毒を受け、針が入る。  痛い。 想像よりも強い痛みに「やっぱやめます」と言いそうになる。 そうだ、私、痛みに弱かったんだ。 若干の後悔がよぎるが、20分もすれば麻痺してタトゥーマシンの音を聞くうちに眠ってしまっていた。 また

      • やまだしす きめたこと

        私には憧れているものがあった。 タトゥーだ。 ただ、社会生活を送る上で断念し続けていた。 もしも家族を持ったときに困るのではないかなんて、実在するかどうかもわからない未来を気にしてずっと諦めていたこと。 もうそんな我慢も良いだろうと、タトゥーを入れることにした。 彫りたいモチーフは昔から変わっていない。 そのモチーフに、ほんの一部だけ彼の誕生花を混ぜこんだものをデザインしてもらってはどうだろう? 正直、恋人の名前やイニシャルなんかを愛の証として彫るタイプの人間ではない

        • やまだしす わたしがしぬとき

          20年も前に別れた初めての恋人の骨を持っている。 だけど 私が死ぬ時に骨と共に死ねるだろうか。 ふと、そんなことを思った。 日常的に持ち歩いているペンダントは、必要に応じてポーチにしまわれロッカーに入る。 入浴時にはアクセサリートレイに。 分骨するときに、自分の中で決めたことがある。 それは「共に生きること」 人の死は2回あって、肉体の死と忘れられたときの死。 だから、私が死ぬその時まで共に生きようと。 身につけてないときになにかあったらどうする? もしなくしたら

        やまだしす それから

          やまだしす むねにいだく

          大阪で彼の遺骨を受取り、事前にオーダーしていたチタンのペンダントに納める。 分けてもらった骨は1センチほどの小さな小さな欠片だった。 革紐をつけて首にかけ、ちょうど胸の真ん中になるように調節をしてもらった。 帰り道、遠回りをして彼の自宅だった家を見に行った。 いつも車が止まっていた場所。 当たり前だけど、そこにはなにもない。 青いカーテンもかかっていない。 なくなったもの。 そして、いま胸にあるもの。 なんとも言えない高揚感と絶望感。 両極端の感情と、骨を胸に抱いて帰路に

          やまだしす むねにいだく

          やまだしす ほねのゆくえ

          遠方の墓に入る彼の骨。 なかなかお参りに行けそうもない場所の遠さがまた悲しくて泣いているとBがぽつりと言った。 「分骨、してもらう?」 聞けば仲の良い仲間数人で分骨を願い出て遺族の許可を得ているとのこと。 そんな大事なことを決めてもいいのかすぐに答えが出るはずもなく考える時間をもらうことになった。 自宅に戻り、分骨について調べる。 モーニングジュエリーや遺骨ジュエリーとして肌身離さず遺骨を身につける人もいるらしい。 20年前に別れた私がそんなことをしてもいいのか。 彼の

          やまだしす ほねのゆくえ

          やまだしす いまさら

          ひとしきり泣いたあと、私はBに頼んで彼の遺骨を抱かせてもらった。 身長が高くて、背中の広い大きな彼はびっくりするくらい軽くて、私の腕の中にすっぽり収まるサイズになっていた。 彼の遺骨を抱きながら、私は独白のようにBにたくさんのことを話した。 彼と初めてあったときに一目惚れしたこと。  付き合えたときに死んでもいいくらい嬉しかったこと。 デートした日のこと。 寂しかったこと。 別れを告げた日のこと。 別れたあとのこと。 彼が聞いていたら本気で止められそうな話を「死人に口なし

          やまだしす いまさら

          やまだしす こたえあわせ

          「いや、それはない」 20年前に別れた友人の元カノに対してもBはさすが紳士てある。即時否定してくれる。優しい…。 といわゆる「やさしいせかい」に浸っているとBがダンボールを運んできた。 その中から取り出した1冊のファイルを「見ろ」というように渡してくる。 そのファイルの中身はたくさんの写真だった。 みんなで遊んだ日の記念写真、車のの納車日に撮ったであろう写真。写ルンですが流行ってた時代。沢山の何気ないスナップ写真。 その中に、私の写真があった。 それは「僕、この写真欲し

          やまだしす こたえあわせ

          やまだしす ききたかったこと

          落ち着きを取り戻してから、私は彼に手を合わせお線香をあげた。 Bがお茶が入ったよと呼びに来て私達はリビングに移動した。 温かいお茶を飲みながら、改めて死因や葬儀の様子を教えてもらった。 彼に連れ合いはおらず、故あってBが遺骨を預かっていることも。 最初こそぎこちない私達の会話だったが、時間の経過と共に緊張が解れ20年前にタイムスリップしていく。 学生時代のこと。 付き合っていた当時のこと。 そして、別れたあとのこと。 聞くか迷ったが、Bに聞いてみた。 「彼は、私のこと

          やまだしす ききたかったこと

          やまだしす さいかいのとき

          新大阪に降り立った私は、まず花屋を探して花籠を1つ注文した。 真っ白な花を準備してもらっている間、ショーウインドーに写った自分をチェックする。自分で見ても落ち着かぬ顔をしていた。 花籠を受取り、また電車に揺られる。 大阪のとある駅で遺骨の管理人と落ち合う約束をしていた。 管理人は彼の片割れと言っても過言ではない彼の親友で、私とは実に20年ぶりの再会である。 彼と私が別れたあと彼の周囲では私の名前が禁句になったらしい。という噂を聞いていたので、睨まれるくらいはするだろうと思

          やまだしす さいかいのとき

          やまだしす あいにいく

          「死人に口なし」とはいい言葉である。 彼が会いたくないと思っていようとなかろうと、拒否することも出来ないのだ。 幸い早々に彼の遺骨を管理している方に連絡がつき、私は大阪行きの切符を買った。 世間はコロナ禍で、その当時は県をまたいでの移動を控えるようにと毎日毎日ニュースで流れている頃だった。  普段の私ならそういったいわゆる世間のルールというものを尊重する。 コロナを理由に何度も遊びの誘いを断り、遠出も近くの外食も避けるタイプだった。 なのに、大阪。 感染大流行最中の大

          やまだしす あいにいく

          やまだしす

          「あ、そうそう」 と、長電話のついでのくだらない世間話のように彼の死は軽やかに伝えられた。   「そうなんや」とこちらもなんでもないことのように返したのを覚えている。 中身のない他愛ない話を終えたあと、考えた。 私は彼に嫌われていたはずだ。今も疎ましいと思われているのではないか。連絡が来たとはいえ会いに行ってもいいものか。 「いややめてくれよ」とか思わないだろうか。 連れ合いがいたら気まずいよな…。と。 そこで気づいたのはひと目会いたいと思ったことと、未だに彼に嫌わ

          やまだしす