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初恋の相手が義妹になった件。第20話

 朝になると、僕は百花に抱きしめられている状態で目が覚めた。
 柔らかい肌というか、その脂肪の壁を感じながらも、僕はそれを何か認識すると、慌てて引き離した。
 ベッドを出て洗面台の前まで行き、顔を洗って歯磨きをする。後から来た百花が隣に立って同じように歯磨きをする。
 時折、脇腹を突いて来たりするが僕は動じない。口を濯ぎ、今度は寝癖を治すが、しつこい寝癖に悪戦苦闘していると、百花が僕の頭を押さえてシャワーを浴びせた。
 冷たい水だったので、最初は驚いた。しかし、髪を濡らすだけなので百花はすぐに水を止めてタオルをぼくの頭に掛ける。
 しつこかった寝癖が直り、今度は百花がドライヤーを手に待ち構えている。
 僕は傍にある椅子に腰掛けると、百花は満足気にドライヤーで僕の髪を乾かす。
 髪が乾くと、僕の唇にキスをして、僕はお返しと言わんばかりに、百花をキツく抱き締めた。
 抱擁を解くと、百花は少し髪を湿らせてヘアオイルを塗って寝癖を整えていた。
 僕はひと足さきに洗面所から退き、部屋に着替えに戻った。
 今日は暑くなりそうだなと、半袖のTシャツと、黒のスキニージーンズでコーディネートをすると、見事なモノクロになった。
 が、意外と百花は気に入ってくれ、合格印を授かった。
 ダイニングへ行くと、母が朝食の準備をしていた。
 オムレツとレタスと縮緬雑魚のサラダ。それにトーストと八朔ジャムがテーブルに揃えられていた。

「思ったより、遅かったわね」

 僕と百花は見つめあってから、母に今日動物園に行く話をしていたかと不思議に思った。

「普通に話してたじゃない」

「聞こえてたの?」

 母は頷くと、僕の前にコーヒーを置いた。

「そういえば、百花と動物園は行ったことなかったわね」

「そもそも、お母さん忙しかったし、休みにどこかに行くってことなかったじゃない」

 百花がそう言うと、母は気まずそうにコーヒーを飲む。

「べ、別に責めてるわけじゃないからね!」

「ううん。私、仕事にかまけてて百花を優先することなかったから、本当ならもっと一緒にどこかへ行ってあげたかったんだけど……」

 百花はオムレツを食べながら「それでも家でよく話し相手になってくれたし……」と呟いた。

 僕らは朝食を済ませると、早速出掛ける準備をした。

「忘れ物はない?」

「うん、大丈夫」

「悠人、百花をよろしくね」

「わかってるよ。それじゃあ、行ってきます」

 僕らは駅に向かい電車に乗り込むと、動物園の最寄り駅へ向かう。
 ボックス席の隣に座る百花は僕の腕に抱きついて窓の外を見ている。
 その横顔の美しさに僕は見惚れてしまっていた。少し長いまつ毛と白い肌、丸みを帯びた輪郭が僕の目に映り込む。
 百花はいたずらっ子みたいに僕を見て笑うと、僕の肩に頭を乗せた。
 やがて、動物園の最寄り駅に着くと、僕らは手を繋いで電車を降りた。
 少し歩いていよいよ動物園に辿り着く。僕らはチケット売り場で入場券を購入して、ゲートへ向かう。
 ゲートをくぐり、早速フラミンゴが出迎えてくれた。

「流石動物園、動物の匂いがするね」

 その他の鳥類を見て早速ジャイアントパンダが姿を見せた。

「あ、悠人!笹食べてるよ!かわいいー」

 百花はスマホで写真を撮り、僕は後ろからついていく。

「ね、一緒に撮ろ!」

 百花はインカメラに変えてツーショットを撮ろうと僕にくっ付く。

「ほら!笑って!」

 僕はぎこちない笑みを浮かべ、それを見て百花は笑った。僕はそれに釣られるように笑った。

「よし……いい写真撮れた」

「上手くパンダもこっち見てくれてるじゃん」

「ね、これ、壁紙にしよっと」

 その後は同じパンダとい名前でもレッサーパンダを見たり、リスが可愛らしくこちらを見て胡桃を食べてたりと可愛らしい動物ゾーンを見てから、園の中心部へ向かう。
 アシカとホッキョクグマが朝ごはんを食べながらこちらを見ていた。
 それから色々な動物達を見ながら、併設されている遊園地の観覧車に百花が乗りたいと言ったので、僕らは遊園地以来、久しぶりに観覧車に乗った。

「景色いいね」

「うん。山も海も近くて……」

「私も近くて?」

「それは言ってない」

 隣に座る百花に僕はそう言った。
 遊園地の観覧車より小ぶりなものだったので六分程度で地上に戻ってきた。
 パンダのゴンドラから降りて僕らはライオンやヒョウを見てから昼食について話し合った。

「食べたいものはある?」

「んー、ラーメン?」

「おっ、奇遇。私もラーメン食べたい」

 と言うことで動物園を堪能してから、僕らは駅前のラーメン屋に入った。

「いらっしゃーいって、澤田君に石川さんじゃない?」

 同じ中学の和泉奈緒が恐らくバイトだろうか、店員として出迎えてくれた。

「和泉さんもバイト?」

「あ、ここお父さんがやってる店なんだ」

「へぇ、知らなかったや。じゃあ今日は手伝い?」

「うん。二人はもしかして……デート?」

 僕らは少し言葉が詰まってから、頷いた。

「えー!意外な二人がくっ付いたなぁ。あ、席案内するね」

 案内されたテーブルに和泉がお冷を持ってくる。

「おすすめってどれ? やっぱり一番大きく書いてあるやつ?」

「ううん、実はね、これなんだ」

 和泉が指差したのはデカデカと書かれている醤油ラーメンじゃなく、豚骨ラーメンだった。

「この辺りご年配の人が多くて、豚骨だと脂っこくて食べれないから、人気無いだけで、味は一番だよ」

「じゃあ僕はそれで。百花は?」

「私は醤油でいいかな。あ、悠人のちょっともらおっかな」

「まあまあ二人とも名前で呼んでるの新鮮だね。それじゃあ少々お待ちをー」

 そういえば中学の人間は僕らが家族になったことを知らないのだった。

「なんか偶然すぎて驚いたけど、和泉さんって二年の時に同じクラスだったっけ?」

「百花は確かそうだな。僕は三年間ずっと一緒だった」

 店内はお昼時から少し過ぎた時間帯だったため、他の客も居らず僕らだけだった。

「日曜日だから特に家族連れで一気に来るって感じだから、ピークすぎたらこうなんだよね」

 和泉はエプロンを脱いで僕らと同じ席に座る。

「あ、お母さんがちょうどいいから休憩取ったらって言うから……お邪魔だったかな?」

「ううん。全然大丈夫。私も、久しぶりだし話したいなって思ってたよ」

 僕はお冷を飲みながら百花の隣に座る和泉を見る。

「どうかした?」

「あ、なるほど。メイクか。いや、なんか雰囲気違うなって思って」

「流石、三年間一緒だっただけはあるね」

 百花はからかうように言う。

「そっか、澤田君は三年間一緒だったね。石川さんは二年の時だけだったけどよく覚えてるよ」

 百花は少し気まずい顔をして、お冷を飲む。

「ええっと、これは内緒にして欲しいんだけど、私達ね親同士の再婚で兄妹になったんだよね。だから、私も澤田なんだよね」

「え……ええ!」

 和泉は、驚きの余り仰け反って転けそうになったところを百花が支えていた。

「それもあって名前で呼ぼうってなったんだけど……」

「でも……でもさ、二人兄妹というより彼氏と彼女って感じだよ? あ、もしかして禁断の愛?」

「……強ち間違えじゃ無いかな」

 僕が少し言葉を曇らせて言うと、それでもまた和泉は驚いていた。

「そうなんだ……え、どっちから?」

「実は、両想いだったのよ……私も悠人もお互いを好きでさ。中学卒業と共に一旦全部捨てようと思って皆んながあんまり志望しなかった高校受験したんだけど……」

「何それ、滅茶苦茶漫画みたいじゃない」

 そう言って和泉は自分を抱きしめていた。

「そうなんだよな。僕もびっくりしたし、ほら最初って名前順で席並ぶだろ? 前の席に知ってる人がいたからさ」

「え、入学まで知らなかったの?」

「うちの親の悪戯でさ。僕にサプライズで驚かせたかったらしい」

 僕が苦笑いしていると、和泉は「楽しそうなご両親だね」と言った。

「へぇ……この二人が付き合うのかー」

「どうして?」

「いや、私さ誰と誰が似合うかってのをよく遊びで勝手にやってたんだけど、澤田君は佐伯さんとかが似合うかなって考えてたから」

「佐伯って佐伯侑香か。あんな美人、釣り合うわけないじゃん」

「そんなこと言って……百花ちゃんを射止めてるんだからね」

 佐伯侑香は百花より背も高く、170センチ程あり、すらっとしたモデルのような女子だった。
 実際、何処かの芸能事務所に入ってるらしいし、もしかしたら陽菜さんが知ってるかもしれない。

「あ、ちょっと待っててね」

 カウンター向こうの厨房から和泉の母親が和泉を手招きしており、丼を二つ運ぶように指示していた。

「お待たせー、豚骨はええっと悠人君だね。醤油は百花ちゃんっと」

 僕は丼の中のラーメンに見入っていたが、何故か百花は和泉を睨んでいた

「あー澤田君を名前呼びしたのが不味かったかな」

「ごめん、慣れないといけないんだけど、まだダメで……普通に悠人って呼んでいいからね」

「わかった。百花ちゃんは悠人君が大好きだから、取られたくないんだねー。なんか可愛いなぁ」

 僕はそのやりとりを聞きながらラーメンを啜っていた。

「美味いな」

「えー、ちょっとスープ頂戴」

「ん」

 僕はレンゲにスープを一掬い、百花の口に運ぶと隣で和泉があんぐりしていた。

「流石……」

「ん? 美味しいね。じゃあ私の方も」

 百花は同じようにレンゲを僕の口に運ぶ。

「醤油もキレがあって美味しいね。でもなんとなく、豚骨の方が脂がスッキリしてる気がするけど……」

「確かにそうね。見た目で醤油の方が脂っこくないと思うけど、案外豚骨の方がいいかも」

 僕らが品評をしてる横に店の娘がいるのを忘れていた。

「でしょ? お父さんも昔から言ってたんだけど、やっぱり見た目が白濁してる方が脂っぽく見えるみたいだよ」

「でも醤油も美味しいね。今度から迷うな……」

 百花がそう言うと、和泉は少し嬉しそうだった。

「和泉さんはいつもお店手伝ってるの?」

「うん。あ、でも一応雇われてるからね。お父さんが公私は混同しちゃダメだって」

 僕はチャーシューを食べて、その口に入れた瞬間蕩ける感覚に感動していた。

「バイトかぁ。夏休みに遊ぶのにやろうかな」

「ダメ。バイトしたら一緒に居られる時間減るじゃない」

「さらっと凄いこと言うね」

 百花は指摘されるとそれに気づき、顔を赤らめていた。
 ラーメンを食べ終えた僕らは長居するのもめいわくだからとそうそうに会計を済ませた。

「ありがとう。待てきてね」

「うん、また来るよ」

「あ、悠人君」

 僕は和泉に呼び止められた。

「悠人君と咲洲ひなが夜歩いてるの見かけたって噂あるんだけど、本当?」

「私達、偶然知り合ったのよ。それで一緒に歩いてるところを見られたんじゃない?」

「そうだよね。あはは、百花ちゃんがいるのにね、そんな浮気みたいなことしないよね」

「当たり前だろ。あの時はコンビニで偶然再会したんだから」

 僕がそう言うとそれについても、和泉は驚いてた。

「なんか二人、遠い世界に行っちゃったね……」

「まあ、中学の時のままじゃないってことだな」

 僕はそう言うと、和泉のご両親にも挨拶し、店を出た。

「佐伯さんって確かに、どうしてるんだろうね」

「進学先なんて知らないけどな。でも男子からは逆に触れてはいけない禁忌みたいな感じで接されていたからなぁ。百花は二年と時一緒だったけど話したことある?」

「事務的な会話程度かなぁ。グループとか違うかったし」

 僕は「そっか」と、言うと百花の右手を握り歩く。

「どうする? もう帰る?」

「んーなんか久しぶりに中学行ってみない?」

「あ、それいいね。と言うことはとりあえず駅に行かなきゃね」

 僕らは懐かしい思い出を掘り起こす為にこの前卒業し中学校へ向かうことにした。
 桜の花びらが散る中、僕は泣くことなく、寧ろ清々とした気分だった。
 完全に諦めた初恋と、これからの人生に向かっていく希望に満ち溢れていた。だから、泣くことなく僕は前を向いていた。
 もう二度と来ないと思った場所へ、僕は向う為に電車に乗り込んだ。


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