初恋の相手が義妹になった件。第21話
僕らは三月に卒業したばかりの中学の前に立っていた。
もちろんだが、中には許可なく入れないし、そもそも日曜日で部活動の生徒しかいない。
周りを少し歩いて僕らはあれやこれや思い出を語り合う。体育館での思い出や、僕のいつもの昼食スポットの話。修学旅行の話など、色々話していると、これは言霊と言っていいのだろうか、僕は偶々通りかかった人物に驚いていた。
「あら……澤田君じゃない。それに……石川さん?」
スラッとした長身に長い黒髪。スポーツウェア姿ということは、ジョギングか何かしているのだろう。
「佐伯さん、久しぶり……と言っても卒業式以来か」
「そうね。石川さんは二年の時以来かしらね」
「うん……」
「どうかした?」
まさか、こんなに連続で僕らの関係を明かさなければいけないことになるとは思っていなかった。
「そう。そんな偶然もあるんだ……事実は小説より奇なりってやつか。しかも付き合ってるんだね。詳しく聞かせてくれない?」
「え、なんで?」
僕は何故それに食いついてきたのか、よく解らなかった。
「同級生の色恋沙汰、気になるじゃない」
「そんなもんなのか?」
明け透けに、自分達の馴れ初めを話したが、どうやら佐伯には物足りなかったらしい。
「そう……まあ二人はまだ高校生だしね」
「佐伯さんもそうじゃない。芸能活動してるかもしれないけど、学校は通ってるんでしょ?」
「……なるほどね」
佐伯が何に納得したのか解らなかった。そして、笑みを浮かべる佐伯が不気味だった。
「それより、佐伯さんはなんでこんなところに?」
「家が近所なのと、ジョギング終わりだったのよ。丁度二人の姿が見えたから」
「日焼けとか気にならないの?」
「それは対策してるわよ。極厚で日焼け止め塗ってるわ」
頬を指さして佐伯は得意げに言う。僕は目を凝らして見ると、確かになにか塗っている様に見えた。
「立ち話もなんだし、家来る?」
「え、いいの?」
「ええ、二人が良ければ」
百花の問にあっさりと答えた。
佐伯は中学一年の頃から達観した考えを持ち、歳不相応の精神年齢で逆に近寄れない雰囲気を醸し出していた。
その余裕から皆んな扱い難いと思っていたが、僕は楽だった。修学旅行で同じ行動班になったが、二人で話し合って結果、他の班員が大満足の自由行動になった。
「こうして澤田君と歩いていると、修学旅行を思い出すわね」
「あ、僕も思った。あの時、二人で半ば強引にルート決めたよな」
佐伯は一人暮らしを初めたらしく、部屋に入るとロボット掃除機がせっせと清掃をしていた。
「ごめん、ちょっと散らかってた」
テーブルの上の台本と資料を片付けると、座布団を二枚用意して並べてくれた。
「コップなくてプラコップでごめんね」
「いやいいよ。お構いなく……」
プラスチックの使い捨てコップにお茶を注いでテーブルに置いた佐伯に僕はそう言うと、佐伯はいきなり、汗を流してくると席を外す。
「あ、よかったらベッドサイドにあるコンドーム使っていいよ」
「は、はあぁっ!」
百花は顔を赤くさせて立ち上がった。
「てか、何であるのよ!」
「秘密」
そう言って佐伯はシャワーを浴びに行った。
百花はチラチラと封の開いていないコンドームと僕を交互に見る。
「す、する?」
僕がそう訊ねると、ややあって百花は首を横に振った。
「だよなぁ……人の家でなんてな」
僕らは暫く気まずい雰囲気に苛まれるが、当の家主は鼻歌交じりのシャワーシーンを演じていた。
それを聞きながら僕はぼーっと佐伯の部屋を見渡していた。
「あんまりジロジロ見ないほうがいいよ」
「でも、芸能人の部屋に入れるなんて滅多にないじゃん」
「そうだけど……」
百花は何かを見つけたのか、ジッとそれを見た後、目を逸らした。
僕もそれを見ようとすると、百花はわざとらしく咳払いをした。
「ごめんお待たせ」
「ちょっと佐伯さん!?」
僕は驚きの余り声がひっくり返った。なんせ佐伯は真っ裸でシャワーから出てきたからだ。バスタオル一枚体に巻いた状態で僕らの前に現れたというわけだ。
「澤田君……いや悠人君。私を見て……」
「え、な、な、なんなの!?」
そう言うと百花は佐伯を遮るように立ちはだかる。
「さっきの話聞いてたでしょう!私達、義理の兄妹になったけど、付き合ってるの!」
「だから? 私の好きという気持ちを、それでなかったことにはできないわ」
「え? 僕のことを好き?」
佐伯は深く頷いてからコンドームを手にした。
「あの修学旅行の最初の班会議、覚えてるわよね。他の班員は誰も意見しない中、悠人君だけが私のプランに意見してきた。その時私は思ったの。君の魅力はその洞察力と分析力だということを」
「それとコンドーム、なんの関係があるの!」
「私は結局想いを伝えられないまま、卒業式を迎えてしまった……実はこれは卒業式の日に持っていっていたの。最後に告白をしようと思ってね。それであっちも卒業しようって。でも、できなかった。断られるのが怖かったのよ。断られたらそこで終わってしまう。だから、言わずに自分の中で大事に抱え込んでいれば、私はずっと他の誰かを好きにならずに、悠人君だけを好きでいられるから」
驚いたのは僕ら二人と同じことを考えていた事だ。
佐伯は服を着ると、僕の前に座った。
「あの時、噂が立ったこと、覚えてる?」
「え? なんのこと?」
「悠人君が私に気があるって噂。流れてたこと、知らない?」
「あ、私覚えてる。佐伯さん絡みのことって一瞬で広がるから」
と言われても、当の僕は知らなかった。
「あれ、実は私が広めた噂なの。噂好きの子に嘘を言ってね」
「僕は面倒事が嫌いだから、噂とか気にしなかったなぁ」
百花は少し苛立ちを見せていた。自分よりはるかに外見スペックの高い佐伯が、僕に至近距離で話しているからだ。
「私が先だったのにね、悠人君を好きになったの」
「え?」
「中学一年の時から私はすでに浮いた存在だったから、友達もできずにずっと一人だった。だからといっていじめられてるわけではなく、周りから正しく浮きこぼれていたの。で、同じような境遇だったのが悠人君だった。だから私はずっと気になってたの……でも男の子が喜ぶことって言えばそういうことしか無いかなって何故か思ってて」
「ってことは、結構早い段階から……」
「そう。いつでもできるように持ってたわ。手荷物検査がある時は持っていってなかったけど、鞄の中には常に一枚入ってたわよ」
僕と百花は驚きすぎて言葉が出なかった。
「だから、お願い……私の初恋を終わらせてくれない?」
「君としろって言うのか?」
「無理にとは言わない。だから、二人がしてるところを見たら、諦めが付くかもしれないから、それでもいい」
「私達はずっと、初めてを大事にしようって言ってるのよ!いくら佐伯さんのお願いでもそれは譲れない!」
百花は僕の腕にしがみつき言うと「帰ろ」と言った。
「……仕方ないわね。そういうのも、恋人同士の特権だものね」
「うん。だから、佐伯さん。僕は君と付き合うこともできないし、百花を裏切るような事もできない。だから……」
「ちゃんとわかってるわよ。何度か不倫系のドラマに出たことあるけど、そのドロドロ感に辟易したから」
僕らは時計を見てそろそろ帰ろうかと話をした。
「そっか……それじゃあまた学校でね」
「え?」
僕らはその言葉に驚いた。今日は何度佐伯に驚かされるのだろうか……。
「実は私、二人と同じ高校なのよ。クラスは別だし、仕事で行けない日もあるから存在感なかったかもしれないけど。入学式の日だってずっと悠人君の後ろ歩いてたし」
「気づかなかった……声掛けてくれればよかったのに」
「そうね……あの時声を掛けていたら、悠人君の隣には私がいたのかもね……」
佐伯は俯きながら後悔をした。そして百花を見遣ると、何かを思いついたように少し目を見開いた。
「えっと……百花ちゃんと二人でお話したいのだけれど、悠人君、少し外してもらえる?」
「わかった」
「え、何?」
困惑気味の百花を残して僕は玄関を開けて外に出た。マンションの廊下から見える景色が新鮮だったため、ぼーっとそれを眺めてながら待った。
少し心配をしていたが、玄関が開き、百花は普段と変わらない様子で出てきた。
「それじゃあ、また学校でね」
「うん。お邪魔しました」
僕はそう言うと佐伯に手を振った。百花は佐伯を見ずにそのままエレベーターホールへ向かった。
「何を話してたんだ?」
「内緒」
「そっか……じゃ、帰ろうか」
そう言って僕はエレベーターのボタンを押した。
上の階から降りてきたエレベーターには老夫婦が先に乗っており、会釈をして僕らは乗り込んだ。
家に帰ると、とりあえず着替えを済ませてからリビングに向かった。
「どうだった?」
「リスがめちゃくちゃ可愛かったし、ボブキャットも、普通の猫がそのまま大きくなったみたいで可愛かったなぁ。それに、あそこにしかいないんでしょ?」
母に今日の報告をする百花は、やはり変わった様子はない。
僕は安堵のため息を吐き、ブラックコーヒーを飲んだ。記憶というのは、案外まるでゲームのように解除条件があるようで、ブラックコーヒーを二人で飲みながら佐伯と談笑した記憶が蘇った。
僕に見せる顔と、他の誰かに見せる顔。佐伯の表情は全くと言っていい程違った。それが、佐伯なりの好意を示す行動だったのだろうか。
だけど、僕は後悔しないだろう。今は最愛の人がいて、僕はそれで満足だ。
修学旅行の班会議後、二人でそうやってコーヒーを飲みながら話していた時を鮮明に思い出すと……僕はすぐにコーヒーを飲み干して部屋に戻った。
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