初恋の相手が義妹になった件。第8話
美夜子さんの運転するミニクーパーが街を駆け抜ける。
助手席にはもちろん、陽菜さんが座り、僕らは後部座席に座っていた。
僕らの家がある場所がどうも二人が暮らすマンションの近くらしい。
「どうせ帰り道だし、気にしないでね」
「だから、運転するの、私って言ってるでしょ?」
運転席に乗り込もうとした陽菜さんを、美夜子さんが制した。
僕と百花は距離を取りつつもお互いを感じながら、後部座席に座っている。
特に言葉を交わすわけでもなく、見つめるわけでもなく、僕らは互いを感じることができるようになっていた。
「私の連絡先教えるのはまずいから、美夜子の連絡先、二人と交換しておくね」
陽菜さんは慣れた手つきで美夜子さんのスマホのロックを解除し、IDの交換をした。
「また何かあったら連絡してね」
「その連絡、来るの私なんだけど……」
「まあまあ、別にいいじゃない」
僕らを降ろした車は再び走り出し、二人で手を振って見送った。
家に入ると、まだ誰も帰っておらず、二人きりになった。
「楽しかったね」
百花がそう言うと、僕は静かに首肯いた。
二人きりの家の中には、異質な空気が漂っていた。見慣れた光景のはずが、そこに百花がいるだけで違ったように見える。
僕は小さく息をして、グラスにお茶を淹れて飲む。
「あ、私も欲しい」
百花がそう言うと、僕の使ったグラスでお茶を飲んだ。
「別に、キスしたんだから今更間接キスとか関係ないでしょ?」
「なんで、そんなに強気なんだよ」
隣に立ち僕を嘲笑う百花。僕は自室に戻り、着替えをした。
百花も着替えをしていたのか、部屋の方から音が聞こえていた。
僕は部屋を出ると、正面の扉が開いていることに気がついた。そしてその瞬間、下着姿の百花が見えてしまった。
そうだった、僕の向かいの部屋には異性が住んでいるのだった。僕は唾を静かに、大きく飲み込んでから一階に降りた。
少ししてから、百花も降りてくると、こちらを見て恥ずかしそうにしていた。
「さっき、見えちゃったと思うんだけど……どうだった、私の身体」
「ごめん。見るつもりはなかったんだけど……うん、綺麗だったよ」
「……もっと見たい?」
僕はどう答えるのが正解かわからなくなっていた。
ここは見たいと答えるべきか? それとも……。
「私は、見られて恥ずかしかった。でも、それって見せたことないからだから、安心して。別に見られたくないとかじゃないから」
「わ、わかってるよ。僕も、見慣れていないから見ようとした自分が恥ずかしいだけで……」
ソファーの上で僕はチラッと横目で百花を見る。
ラフな部屋着の胸元がまるで透けるように、脳が処理をする。
あの服の下に何を着けているのか、僕は知っている。たまに洗濯物で見るが、実際着けているところは初めて見た。
僕は平常心を保とうと努力した。家の中では兄妹であろうという誓いを守ろうとした。
「ねえ……こっち見て」
裾を捲り上げたシャツ、少し下ろしたズボン。そこから見える、白い下着。
「百花……」
僕は思わず名前を呼ぶ。一歩ずつ距離を詰める百花は恥ずかしそうに俯いていた。
「百花!」
僕にぶつかりそうになったので大きめの声で名前を呼んだ。
案の定、僕の足に引っかかって百花は転んだ。
「イテテ……ごめん。なんか調子乗っちゃった」
「……それより、これは不可抗力だからな。支えるために手を伸ばしただけだから」
僕が咄嗟に手を伸ばした先が、百花の胸だったこと。そして手は下着と肌の間に入ってしまっていること。つまり、僕は直に百花の胸を触っていた。
「あ……ああっ!」
「待て待て!まず体勢を整えろ!」
「ただいまー」
清恵さんの声が聞こえてより慌てる僕。百花は現実を受け入れられないのか、ずっと目を瞑ったまま僕を叩いている。
「あら、二人とも……って、流石に家族のスペースでスキンシップはねぇ」
「お、お母さん!」
「だから早くどけって言ったじゃないか!」
「こ、これは違うのよ!お母さん!わ、私が転びそうになっただけで、それを悠人が支えてただけだから」
僕らを見て清恵さんはずっと笑っていた。それは何に対しての笑いなのかは分からなかった。
そしてなぜか、僕らは清恵さんの前で正座をしていた。
「えっとね。私は別に二人がそういう関係になっても構わないと思ってるわ。別に血の繋がった兄妹じゃないからね。結婚する法律上認められてるし、それが悪とも思わない。でもね、やることやるなら、自分達の部屋でやりなさい。家族で過ごす場所でそういう事はしないで欲しいの。いいわね?」
僕らは黙って頷くと「返事は声を出して!」と、清恵さんは怒鳴った。
「……まあ、この前に色々聞いたから複雑なところはあるだろうけど、私達に遠慮はしないでね。私達だけ自由に恋愛してるなんてのは嫌だから、そこは絶対にね」
「わかりました……」
「わかった」
「あと、悠人はちゃんと私をお母さんって呼んでね。いつまでも他人行儀だと、家族に成りきれてない気がしちゃうから」
「わかった……母さん」
「よろしい」
僕らは解放されて自室に戻った。
僕はベッドに横になって、目を閉じた。すると瞼の裏にキスをした百花の顔や、さっきの下着姿の百花が浮かび上がってきた。
僕はひたすらに額を拳で叩いていた。
「何してるの?」
百花はノックもせず扉を開けてそう言ってきた。
「なんでノックしないんだよ」
「だって、ずっと変な音聞こえてきたし……え、エッチな事してるのかなーって」
自分の言ってることの方の恥ずかしさを認識していないのかと、僕は思った。
だが、瞬間に疑問が浮かんだ。
「だったら尚更ノックしろよ。それとも見たかったのか?」
「は、はぁ!別に見たくないし……それにどうせ私の事想像してたんでしょ!」
「え、美夜子さんを想像してたけど……」
「なんで美夜子さんなのよ!そりゃ背も高くて美人で巨乳でスタイルいいけど……」
「そこまでは言ってないだろ」
冗談のつもりだったが、間に受けられてしまった。
「一つ確認しておきたいんだけど……」
「何?」
百花は僕の隣に座り真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
「ちゃんとしておこうと思って……私、中二の頃から悠人が好きだった。クラスが離れても遠くで見えるだけで嬉しかった。だから、ちゃんと私と付き合ってほしい」
僕は女子から告白されたことは何度かある。が、ここまで至極具体的に言われたのは初めてだった。
幾つかあったからかいに似た告白とは別物で、その言葉が胸の奥底にのし掛かった。
「……僕も、中二の頃から百花が好きだった。同じようにクラスが離れても遠くで見えるだけで嬉しかった。若干の勘違いはあったけど、その初恋だけは捨てられずにいた。もちろん、OKだよ。僕は君を彼女に、恋人にしたいと思ってる」
僕は百花の肩を抱いて、彼女の瞳の奥を覗く。
そこにいる百花は、普段とは違う臆病で繊細な心を持っている百花だった。
同時に、僕の瞳の奥を百花は覗いたことだろう。きっとそこにいる、誰かから愛してもらいたいという欲求を無理やり押さえ込んでいる僕を見つけただろうか? どんな占い師よりも、自分をよく知っている。過去の自分なんて特にだ。
僕が始まることなく終わってしまったと思い込んでいた恋が、こんな形で始めるなんて思っていなかった。
二人で瞳を閉じで、額を突き合わせる。百花の温もりと、息遣い、それに鼓動までが手に取るようにわかる。
薄っすら目を開き、そこにいる百花を確認してから、僕は唇を寄せる。
柔らかく、温かい唇をキャンディを舐めるように味わう。百花の味を脳みそに書き込んで行く。
突然、百花は唇を離す。
何事かと百花が見る先を見ると、母と父が隙間からニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「見せ物じゃないから!」
百花は僕の枕を投げつける。
「きゃー、百花が反抗期だよー」
「父さん、応援してるからな!悠人!」
完全に二人は楽しんでいる。そう感じた。
「なんか興醒めしちゃったね」
「だな……あーあ、童貞卒業と思ったのに」
「なんで急に遠慮なくすのよ。私だって初めて捨てられると思ったのに」
「でも、母さんが言ってたように避妊はちゃんとしなきゃな」
ただ、まじまじとそれを考えていると、どんどん恥ずかしくなってきた僕らはお互いの顔を見れなくなっていた。
「……そういうことは、あんまり急がなくていいかも。でもキスはしたいかな」
「そうだな……段階踏んで行こう。でも、今日で一気にTodoリスト埋まった気がするけど……」
「え、じゃあもうエッチするしかないの?」
「だから、急ぐ必要はないって……」
僕がそういうと、少し怒ったようにして百花は立ち上がった。
「わ、私がまるで欲求不満みたいじゃない!そういうのって男の方ががっついてくるもんじゃないの!」
「なんだよ、それじゃまるで僕が軟弱男みたいじゃないか!先に急がなくていいって言ったのは百花だろ!」
「もう、今日の恋人タイムはおしまい!」
百花はそう言って部屋を出て行った。
僕はため息を吐きながら、一服しようと一階に降りると、ソファーの上で濃厚なキスをする両親を見て大きなため息を吐いた。
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