初恋の相手が義妹になった件。第17話
「何してるの……」
「こ、これは……」
慌てる僕と、落ち着いたエレナ。というか、エレナが百花にキスした意味が僕には解らなかった。
「ごめん百花。私がね、百花にキスしたの。それで、悠人が……」
僕は伝わるかわからないが、とりあえずエレナが奪った百花の唇を奪い返したと伝えた。
百花は熱でだるいはずなのに、少し考えて僕を呼んだ。
「次はないからね。私の唇なんてとっくの昔に悠人の物なんだから、気にすること無いのに」
「悔しかったんだよ。悪いか?」
「ううん、嬉しい」
僕らは軽く唇を重ねる。
「あーあ、やっぱり二人には敵わないか……。なんとか関係を悪くして悠人が私になんて考えてたのに」
「残念ね。私と悠人は思ったより強い絆で結ばれているのよ」
僕はエレナのそばに行き、小さい声で「僕は君を人生で最高の友達だと思ってるけど……」と、言った。
「……私帰るね」
窓の外に日が差しているのを確認して、エレナは立ち上がった。
「送るよ?」
「ううん、悠人は百花のそばにいてあげて」
エレナを玄関まで見送って、僕は2階に戻った。
「百花?」
百花はベッドの中で丸まっていた。
「正直、結構ショックだったから」
「わかってる……ごめん。もうしないから」
「……じゃあさ、一つ言うこと聞いてくれる?」
「もちろん」
僕はそう頷いて、何を言われるかと身構えていた。
「じゃあ、このカードは何時か使おっと」
「え? 後出しにするのかよ」
「いざという時の為にね」
その後しばらくして、百花は眠ってしまった。
僕は自室で大きなため息を吐き出し、スマホでファンタジーアイランドで撮った百花との写真を見ていた。
どう見ても、年頃のカップルである。時を経て実った初恋。正直、僕は嬉しかった。デートもそうだし、二人で居られることが、何より嬉しかった。一緒なら、場所はどこでもいい。家の中だって構わない。
「やっぱり、僕は百花が好きなんだな……」
そう呟いてから、僕はリビングへ降りた。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま。百花、具合どう?」
「身体温めたら結構マシになった感じ」
「そう……よかったわ」
母にそう言うと僕はソファーに腰掛けた。
「悠人が居てくれてよかったわ」
「急にどうしたの?」
「だって、今までは百花が体調崩しても、一人で頑張ってもらうしかなかったりだったから、辛い時、誰かが傍にいるべきってわかってるんだけどね」
「僕も風邪ひいたりしたら、家で一人きりだったりしたけど、祖母ちゃんが来てくれたりしたら安心したもんな」
母は着替えに寝室へ向かった。僕はテレビを見ながらぼーっとしていると、エレナからメッセージが届いた。
『今、家に着きました。今日はごめんなさい』
その一言だけだった。
僕はどう返信したものかと考えながら、しばらく経って「気にしないで」と、返信した。
その後は夕飯を食べ、風呂に入り、気付けばベッドで眠っていた。
朝早く起きると、外は雨模様。そういえば、本格的に梅雨入りするかもしれないと、テレビで言ってたな。
僕は大きな伸びをして、窓を開けてみる。
湿気を含んだ空気が朝の新鮮な空気と混ざり、何時もと違う雰囲気を出している。
土砂降りというわけではないが、本降りの雨の中、ジョギングに精を出している男性が家の前を通り過ぎていく。
灰色の空を見上げてから、僕は窓を閉じた。
トイレに行こうと部屋を出ると、同じタイミングで百花が部屋からできてきた。
「あ、おはよう」
「おはよう……もしかしてトイレ?」
「え、悠人も?」
僕は百花に先に行くように言い、一旦台所にお茶を飲みに向かった。
「エレナにお礼言わないとね。手伝ってくれたんでしょ?」
トイレを済ませた百花が隣にやって来て、グラスにお茶を注いでいる。
「まあわかってたけどね。あれ」
「エレナにされたことも?」
「うん……正直、嫌だった。けど、しんどくて体動かなくて……なんて言うんだろう寝取られてる時ってあんな気持ちなんだね……なんか頭の中にずっと悠人が居て、ずっと謝ってるの。で、謝ってる自分が気持ちよくなってくる……」
僕はお茶を飲みながら「へえ」と相槌を打った。
「ねえ、悠人はエレナとキスした時、どんな気分だった?」
「僕は……エレナから百花を奪い返すような感じだったから」
「ふーん。なんかさ、エレナ、慣れてないんだなって思った。唇重ねただけだったし、なんか……どうしたの?」
「僕、舌でもやったよ?」
百花はムスッとして僕の口を塞いだ。
「ん……こんな感じ?」
「あら、朝から盛り上がってるわね。お母さんも混ぜて」
母が起きて来たことに気づいていなかった。そうだ、母の起床時間はこのくらいの時間だった……。
「私も悠人とキスしたいなぁ……なんて、息子とキスする母親はいないか」
「お母さん、悠人は私のだからね」
「わかってるわよ。私だってもう若くないんだから、悠人と釣り合わないし。でも、大人の味を知るのもいいんじゃない?」
母、清恵さんは上目遣いで僕を誘惑してくる。
「……ちょっと!悠人もなんでまじまじ見てるのよ!」
無茶を言うなと、僕は心の中で思っていた。寝巻きの少しルーズな胸元を強調しながら僕を見つめる見た目はアラサーくらいの義理の母が、魅力ゼロなはずはない。
グラついた僕は、それを支えるために百花に抱きついた。
「ぼ、僕はこっちの方が好きだから」
「ちょっと悠人!?」
「あら残念。でも、私も悠人が好きよ?」
「父さんが聞いてたらどうするんだ!」
「利行さんも知ってるわよ? 私が悠人の事好きなの」
僕はもしかしたらモテ期なのかもしれない……そう考えた。
高校生になって彼女ができて、自分を好きと言ってくれる人が二人も居る。まあ、うち一人は義理の母だが。
それに陽菜さんや美夜子さんとも知り合って、僕の周りにこんなに女性がいたことは今まで経験したことがなかった。
「ちょっと悠人、なんか硬いの当たってるんですけど……」
「え? あ、ごめん!」
気付かぬうちに、大きくなってしまっていた……。なんてエロいことを考えたんだ自分は……と、僕は自分を戒めた。
「もしかして、私の誘惑が効いたのかしら?」
「……冗談でもやめて。お母さん」
百花は頭を抱えながら母の胸元を隠した。
「だって、胸は女の武器よ? 大丈夫、百花もその内……ね?」
「別に今で十分だし。悠人は綺麗って言ってくれたし……って」
「あらあら、あらあら。もうそんなところまで進んでるのね。お母さんもうかうかしてられないわね」
「どうして僕をめぐって張り合ってるんだ……」
僕は項垂れながら、ダイニングテーブルに座った。
「まあ、私が一つ有利なのは、悠人の胃袋を掴めるところかな」
「もしかしてお母さん、この時のために私に料理させなかったんじゃ……」
僕は心の中で「そんなわけないだろ」と、ツッコミを入れた。
「決めた。私今日から花嫁修行する」
「誰にお嫁さんに行くの?」
「悠人に決まってるでしょ!」
昨日の熱を忘れた百花は、ものすごく張り切って朝食を用意してくれた。
オムレツとは言い難いスクランブルエッグと、表面は焦げているが、中は冷蔵庫で冷やされたまんまの温度差ウインナーに香ばし過ぎるトースト。
「あ……お、美味しいよ。ありがとう百花」
「悠人……流石に気を遣われているのがわかるから、やめて……」
「はい、悠人。こっちちゃんとしたやつだから」
母の手料理に僕は舌鼓を打つ。
そう、何故かこの日から、僕をめぐる女の戦いが始まったのだった……。どうしてこうなったんだ……。
学校に行くと、エレナも遠慮なしにくっ付いてきたり、百花はお弁当のおかずを食べさせようとしたり、放課後は腕を組んで歩いたり、正直目立ってしょうがない。
「疲れた……」
帰って来た僕はそう言ってベッドに倒れ込んだ。身体的と言うより、メンタルが疲れた。
リビングに行くと珍しく早く帰っていた父が百花と何やら話をしていた。
「あ、悠人。大変だよ!お父さん、単身赴任しなきゃダメかもって」
「え?」
僕は二つ懸念があった。
一つは父さんがいなくなるのが寂しいこと。もう一つは、この家に母と百花と僕の三人になること。今日からの出来事を考えると、僕は不安しかない。
「戻りは何時になるの?」
「わからない……とにかく新事業所の立ち上げで行かなきゃならないんだが、落ち着くまでかな……」
ただ、新幹線ですぐに行って帰って来られる所らしいので、大型連休などには帰ってくるとのことだった。
「すまないな、悠人」
「いいよ。今まで僕が足枷になってたんだし……」
「こうなったら、父さん、とことん出世してみようかな」
「それいい!」
僕は二人を見ながら苦笑いしていた。
「悠人、ちょっと男の話がある」
僕はそう言われて、寝室に連れて行かれた。
「悠人は清恵さんのこと、どう思ってる?」
「……いい母親って思ってるよ」
「百花ちゃんは?」
「いい妹……と言いたいところだけど、本気でこうさいしてるから」
「そうか……いや、実は選択肢がもう一つある。それは、清恵さんと一緒に向こうに行くことなんだが……そうすると、清恵さんにも仕事を辞めてもらわないといけない。だから可能性はゼロに近いんだが」
「そうなると、百花と二人暮らしになるってこと?」
「家事全般は悠人ができると思うけど、そうなるとなんか……親のいない家でもしタガがはずれてしまうとって考えると……」
父の懸念推測は概ね理解できた。
「まあ、清恵さんは残るって言ってたからな……」
「もしかして、ついて行くって言われたかった?」
「当たり前だろ、愛してる人なんだから」
「母さんは連れて行ってやってよ……」
「そう……だな」
僕は仏間の方を見て言う。
「毎週末、帰ってくるからな」
「そんな頻繁じゃなくていいよ」
「悠人に清恵さんを取られてたら嫌だからな」
「取らないし、僕には百花だけで十分だ」
父は笑いながら「男の面構えになったじゃないか」と背中を叩いてきた。
「何かあればすぐ連絡する」
「もちろんだ」
僕は父と親子では歪かもしれないが、握手を交わした。
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