ホームレスとパリピゾンビ
◆新種ウイルス登場
ある日突然、一部の人々が新種ウイルスに感染した影響でゾンビ化し始めた。この新種ウイルスの登場に人々は恐怖を覚え、研究機関は急いでこのウイルスを研究。ところが研究が進むにつれ、このウイルス自体は無害で、感染してゾンビ化しても命や人格に別状は一切ないことが判明した。肌が青白く冷たくなることと不老不死になることを除けば非感染者と変わらず、適切に治療すれば元通りに治ることもわかった。
しかし生きづらいこの時代の人々は「不老不死だから必ず幸せになれるわけではない」と認識し、他の人に移さないためにも、感染者の多くが専用病院へ入院した。ゾンビ化が無害だと知った人々は安心し、普段通りの生活に戻るのだった。こうして、ゾンビ化感染者と非感染者は共存すると思われたが、しかし……。
◆事件の始まり
「ゾンビになったら何やっても死なないし、何でも許される! そうだ、火花でシャワーを浴びよう!」
とある若者・仮名エイも、ウイルス感染によりゾンビ化し、治療のため専用病院へ入院することになった。
エイは周囲の迷惑も顧みない非常に自己中心的な性格だった。エイは中学生の頃から迷惑行為や危険行為に手を染めていた。おにぎりを一口で食べきろうとしたところを母親に見つかり「もう少し自分の体を大切にしなさい。自分のものだから何をしてもいいわけじゃない。あなただけで生きているわけじゃない」と叱られ、その説教に逆上して家出したこともあった。
大人になった後でも、入院した現在でも、変わらず迷惑行為や危険行為を繰り返していた。入院先の病院でも医療スタッフの指示に従わず、塩分の高いスナック菓子を食べたり、夜遅くに大音量でゲームをしたりとやりたい放題だった。
医療スタッフが何度注意してもエイはやめなかったので、とうとうある日いつもより厳しく注意された。それに対してエイは逆上。周囲の制止を振り切り、窓ガラスを壊して病院から脱走してしまった。
自由の身となったエイは、迷惑行為や危険行為で大暴れした。その際知ってか知らずか、体内に含んでいたウイルスも無差別に撒き散らした。放浪を続けるうちにエイは同じく迷惑行為に手を出す若者たちと出会い、意気投合する。若者たちの中には病院から逃げたゾンビ化感染者もいて、互いにやりとりをしていくうちに非感染者のメンバーも感染して全員がゾンビ化した。エイは若者たちのリーダーとなり、メンバーとともに各地を回っては迷惑行為を繰り返し、同時にウイルスも撒き散らした。
エイ率いるこの迷惑ゾンビ集団及びそのメンバーは、世間から通称『パリピゾンビ』と呼ばれた。パリピゾンビの迷惑行為のために、パリピゾンビ以外のゾンビ化感染者も悪質だという誤解も広まり、善良な感染者まで不当に差別迫害されるようになる。
◆ホームレスの旅の始まり
仕事も金も失ったホームレスの男・仮名ビーも、その被害者の一人だった。とても寒い冬の深夜。食料も金も尽き、もう三ヶ月も口にしていないビーは死を覚悟し、毛布も無しに路上に寝転んでいた。その時、馬鹿にしてくるような甲高い奇声が響いた。
「おいクソゾンビ!!! すっげぇ汚ねぇ顔色しやがってよ!!!」
そして次の瞬間、ビーにダイナマイトが投げられてきた。それは、路上に大きな穴が開くほどの大爆発を起こした。しかし、ビーは一切無傷だった。状況を飲み込めないビーを見て、ダイナマイトを投げた張本人はビーを指差して大笑いし、走り去って行った。この男の正体こそがエイだった。ビーは激怒し、怒りのままにエイを追いかける。その時、エイが逃げた方向で爆発音がしたが、構わずビーは追い続けた。ところが突然、ビーは一人の中年男に足止めされた。ビーが足止めされた場所は今さっきダイナマイトが投げられて大破していた。中年男はビーを睨みつけ、胸ぐらを掴み怒鳴った。
「お前も奴らと同じ、パリピゾンビなんだろ!!」
そしてビーを殴り蹴りしたが、不思議なことにどんなに殴ってもビーは死ぬ気配がない。中年男の方も疲れて、殴るのをやめた。これら一連の出来事から、ビーはエイ同様に自分もゾンビになったことを知る。中年男は悲しげに言った。
「せっかくの大切な家を壊されちまった……」
ビー同様、その中年男もエイの迷惑行為の被害者だったのだ。事情を聞いたビーはエイへの復讐のため、これ以上被害者を増やさないため、エイたちすべてのパリピゾンビを撲滅させることを決意した。
「俺はあのゾンビを絶対に許さない!! 絶対にこらしめてやる!!」
ビーの固い決意に中年男はビーが善良なゾンビだと気づくが、同時に反対した。
「やめなさい! あのゾンビは危険だ!! 誰彼構わずダイナマイトを投げてくる!!」
しかし、ビーははっきり返した。
「大丈夫。俺も不老不死のゾンビだ。だから、どんなにダイナマイトを投げられようと、バイクで轢かれようと、絶対に負けない!!」
ビーの説得を聞いた中年男ははっとした。そして、先程殴り蹴りしたことを謝罪し、ビーの旅立ちを見送った。
「気をつけて、行ってきなさい!」
◆ホームレスと刑事
同じ頃、仮名・シー刑事は世間を騒がせているパリピゾンビたちを捕らえるべく奮闘していた。しかし、奴らの多くはダイナマイトなどの爆発物を投げたりバイクに乗って暴れたりするため、捕まえるあと一歩手前で逃亡を許してしまい、逮捕劇は難航していた。それでもシーは諦めなかった。今回の相手は今までと同じく、エイの手下のパリピゾンビだった。
しかし、卑怯な手段を取るところはリーダーと変わらなかった。そのパリピゾンビはニヤリと笑みを浮かべると、シーを狙って爆竹を、一度に三回も投げつけてきた。一つ目が大きな音を鳴らし、二つ目が道路に当たり音を轟かせた。そして、三つ目はシーの顔面を目指した。
最後の弾は今にもシーを殺す気だ。その時、咄嗟に何者かが爆竹を防いだ。その男が蹴り返した爆竹はパリピゾンビに直撃。そして、大きな音と派手な光を放った。第三者の思わぬ乱入と反撃に、致命傷こそ負わずともパリピゾンビは一瞬困惑した。
「今だ!」
その隙を狙い、男は素早くパリピゾンビを拘束し、身動きを取れなくした。
「離せ!! 離せよ!!」
もがき暴れるパリピゾンビの両腕に、シーは手錠を掛けた。二人はそのパリピゾンビを逮捕することに成功した。
「助けてくださって、ありがとうございます」
シーは謎の男にお礼を言った。その男はビーといい、よく見ると肌が青白いのでゾンビ化感染者だが、正義感の強い人柄だった。
「君はパリピゾンビを追っているんだろ? 俺も手伝うよ」
「ええっ?」
シーが驚いて聞き返すと、ビーは険しい顔つきになった。
「俺はあいつらを放っておけねぇ。あいつらを放っておいたら、この国は大変なことになる。だから、力になりたいんだ」
「でも、あいつらは危険です!」
「大丈夫、俺はゾンビだ。ゾンビは不老不死だ、ダイナマイトや爆竹を投げられたぐらいじゃ簡単には死なねぇ! それなのに弱い人が傷つけられるのを、ただ黙って見てられねぇ!!」
ビーの言葉を聞いて、シーは自分が警察の道に進んだ理由を改めて思い出した。
「……そうですね。同じ目的を持つ者同士、一緒に手を取り合いましょう!」
ビーとシーは共闘を機に、コンビを組んだのだった。ゾンビのビーは直接危険な戦闘を担当し、人間のシーは後方でビーを支援した。二人はそれぞれの能力を活かし連携し、パリピゾンビたちを次々逮捕していく。
一方この間にも、パリピゾンビの迷惑行為の被害者は増えていた。迷惑行為の他にもウイルス拡散によって感染、ゾンビ化した被害者もおり、入院や差別など辛い生活を強いられていた。
◆因縁の対決
戦いの続く中、ビーとシーはついに因縁のエイと対峙することとなる。激戦の末、二人はエイを逮捕寸前まで追いつめた。しかし、あと一歩手前のところで、エイがシーに向かって爆竹を投げた。咄嗟にビーがシーを庇ったことで爆発による怪我はなかったが、エイを逃してしまう。その時の爆竹が、エイの体液が含まれた自作爆竹だったとは知るよしもなかった。
それからしばらく経ち、エイたちを追ってビーとシーが街中を歩いていると、一般市民がシーを指差して、心ない言葉をぶつけてきた。
「見て、青い人が二人もいる!」
「こんな青白い顔の犯罪者予備軍が、しかも不老不死だなんて気色悪い!」
ビーは激怒し、その言葉を放った一般市民に厳しく注意した。
「お前ら、知らない人に向かってその言葉は失礼だぞ!! 謝れ!!」
しかし、その一般市民は謝るどころか逆に文句を言ってきた。
「うっわ、怖いなぁ。てか何で、犯罪者に謝らないといけないわけ?」
「さっさと離れようぜ」
結局、その一般市民は一切謝罪することなく立ち去って行った。
「大丈夫か?」
ビーは気にかけるようにシーの方を振り返った。ところが、シーの顔はいつもと違って青白かった。驚きのあまり、思わずビーは口に出した。
「おい、お前大丈夫か!? どこか気持ち悪いところはないか!!」
突然ビーが驚いたので、シーは戸惑い気味に答えた。
「大丈夫ですよ。怪我も病気もありません」
「いや、お前の顔が青白いんだ。まさかお前、ゾンビになったんじゃないのか!? 鏡を見ろ!!」
ビーに促され、シーは近くの手洗い場へ行って鏡を見た。
「嘘だろ……」
シーは鏡に映った自分が、今の自分だと信じられなかった。その肌は、怪物のように青白く暗く変色していた。あまりの変容ぶりに、シーは動揺と混乱を覚える。同時に、一般市民からぶつけられたあの言葉がシーの脳裏に響いた。
『こんな青白い顔の犯罪者予備軍が、しかも"不老不死"だなんて気色悪い!』
『不老不死』
そして今度は、『不老不死』という言葉が繰り返し響く。
「そうだ、今の俺は不老不死のゾンビなんだ。無敵ではないけれど、決して何があっても死なない。もうあいつらなど恐れることはない」
暴言の中の希望の言葉を糧に、シーは立ち直り、エイに立ち向かう決意を再び固めた。
◆狙われた病院
同じ頃、エイは仲間と共にバイクで警察から逃げていた。しかし逃走を続けるうちに、いつの間にか元々自分がいた専用病院を見つけた。その病院を見て、エイはあることを思いつき、仲間に話した。それは、病院の中で爆竹を投げたりバイクで走り回ったり好き勝手しよう、という危険極まりない内容だった。エイの案を聞いた仲間たちは全員賛成。
「病院が壊れるぐらい、思い切りやっちゃおう!」
「最後には病院をぶっ壊す!」
「それ生配信したら絶対面白そう!」
最後の仲間の提案を聞いて、エイはその病院で暴れる様子を全世界に生配信することにした。
一方、ビーとシーは街の人々にエイたちパリピゾンビの動向を聞き回っていた。すると、一人の若者から情報が得られた。
「今さっき生配信をはじめて、病院を壊そうと準備しているところです」
若者からその病院の場所を教えてもらい、ビーとシーは急いで病院へ向かった。
ところが、すでに手遅れだった。エイたちパリピゾンビは病院内でバイクを乗り回したり、爆竹やロケット花火で暴れ回ったりと好き放題していた。エイは大笑いしていたが、ふと入院者の避難誘導をしていた医療スタッフに目をつけ、ニヤリと笑った。そしてエイはその医療スタッフに向かって爆竹を投げつけた。
しかしその時、爆竹はエイの方へ跳ね返され、医療スタッフは事なきを得た。シーが医療スタッフを庇うべく、爆竹を蹴り返したのである。シーの活躍を目の当たりにしたゾンビ化入院者たちは、日頃からお世話になっている医療スタッフを守るため、パリピゾンビとの戦いに加勢したり、逆に医療スタッフを避難誘導したりした。
「スタッフのみなさん、避難してください!!」
入院者の中には、あの時ビーを見送った中年男やパリピゾンビの迷惑行為の被害者もいた。
「自分のことよりも私たちのために毎日頑張っている人を傷つけるなんて、絶対に許せない!!」
「私たちもゾンビだ! お前たちのような遊び半分の卑怯者には負けない!!」
入院者の加勢で、パリピゾンビは次々戦闘不能になり、駆けつけた警察に取り押さえられた。彼らは自分たちの行いで知らないうちに同族を生み出し、その同族に逆襲されたのだ。
◆因縁の対決再び
入院者が戦っている間、ビーとシーは因縁のエイと対峙する。二人はエイを睨みつけるが、エイはそんなことお構いなしに、自分のスマホに向かって叫んだ。
「それでは今から、ホームレスと刑事どもを公開処刑しようと、思います!!」
「やめろ!! 好き勝手はさせない!!」
シーが叫ぶと、ビーも続いて前に出た。
「今から公開処刑されるのはお前の方だ!!」
こうして、二対一の最後の対決が始まった。
「俺は無敵のゾンビだ!! 警察なんかに捕まってたまるか!!」
エイは容赦なく、二人に爆竹やロケット花火を発射した。これに対し二人は連携して、エイに跳ね返した。攻撃は上手く当たった。
「お前らしつこいな……ゾンビになったら、何されても死なないから、何やってもいいんじゃないの!?」
二人の攻撃に対して、エイはうっとうしそうに叫んだ。
「確かにゾンビは不老不死だ。たとえ大爆発に巻き込まれようと、バイクに轢かれようと、死ぬことは絶対にない……が、死にさえしなきゃ何でも許されるとか、人や自分の命をもてあそんで良い理由にはならねぇ!!!」
激怒したビーは叫び、エイを戦闘不能にまで追いつめる。そしてすぐに、シーがエイの腕に手錠をかけ、現行犯逮捕する。そしてシーはエイに言った。
「今のお前は不老不死だ。しかし真の無敵ではない。不老不死に恐怖や障害は付き物だが、無敵はあらゆる恐怖や障害もない、完全な状態だ!! 例えゾンビになっても、人間は生きている限り、真の無敵にはなれない!!!」
エイ逮捕の瞬間は、皮肉にもエイのスマホによって全世界に配信されたのだった。こうして世間を騒がせていたパリピゾンビは全員逮捕された。
逮捕された後もエイは反省の色を見せず、「出所したらまた暴れてやる」と捨て台詞を残した。これに対し、シーは毅然と立ち向かう気で返事をした。
「その時は、俺もまた絶対にお前を捕まえる。俺もお前と同じ、不老不死だから」
そしてシーは「不老不死であることで、自分の身の危険を考えずに人を助けられるようになるから」と、ゾンビ化治療を拒否。感染対策の徹底を条件に、ゾンビとして生きることを許可された。
一方、ビーは逮捕に貢献した報酬として大金をもらった。ビーは今まで、仕事をクビにされたり、差別されたりと辛い人生を送ってきたので、ちゃんと早く死にたいと思っていた。そのため、ビーは専用病院へ入院し、それからしばらくゾンビ化治療を受けることになった。
◆番外編・孤独の罪人
とある大罪を犯した罰として、何百年何千年経った現在も生き続けるゾンビがいた。ゾンビなので死ぬこともできず、心身共に極限状態で海の中を沈んでいた。もう二度と罪を犯さないように両方の腕は切られ、口は開けられないように手術が施されていた。そんな醜い彼をこの時代の人間は恐れた。そして、死なせるとまではいかなかったが邪険にし、武力で追い払った。こうして今この瞬間、彼は海の中を沈んでいた。
「俺は間違っていた。不老不死ではあっても、無敵では決してないのだ」
そう、彼も元々は人間だったのだ。
おわり
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?