今日が人生で一番楽しい

「今日が人生で一番楽しい」

 彼は昨日も同じ事を言っていた。次の日も、そのまた次の日も同じ事を言った。それはもはや口癖のようだった。

 きっと明日も、一年後も、十年後の今日も、例え何があろうと彼はその言葉を口に出すのだろう。

「その理論でいけば、命日が彼にとって人生で一番楽しい日になるかもしれないなぁ」
「おいお前、なんて事言うんだ」
「もちろん冗談のつもりだよ。だけど、本当の気もしなくないなぁ」

 それから何年もの歳月が経ったが、変わらず彼は毎日その言葉を口に出している。むしろ、日が経てば経つほど彼はより楽しそうな様子になった。

 それから更に長い時間が経ったある日、彼はこの世を去った。最期の言葉もまた、「今日が人生で一番楽しい」だった。

「結果的に一日も欠かさず言ったね」
「過去と未来も含めた人生で一番楽しい経験をしたから、ようやく天命を迎えたんだなぁ」

 私たち二人はそう交わしながら、彼の魂を迎えに行く。

おわり

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