虚構を捨てる

◆虚構を捨てる

「目に見えるものすべてに気をつけろ。目に見えないものは気にするな、捨てろ」

 こう命令され、誰もが"目に見えないもの"を捨てた。日に日に激しさを増す、終わりの見えない戦争を生き抜く為に。

◆寒いときは

「寒い、寒いよ。毛布はないの?」
「じゃあ、この本を焼いて暖を取ろう」
「まぁいいか、今は本を読む場合じゃないし」

◆ゲーム回収

「戦争っていつ終わるのかな。早く帰って一緒にゲームしたいね」
「それが、国の命令で全てのゲーム機は武器の材料にするために回収される事になったんだ」
「えっ、もうゲームできなくなるの?」
「勝つ為だから仕方ない」
「そうだよね」

◆恋愛禁止

「ああ、彼女は大丈夫なんだろうか」
「そこ、ぼうっとするな!」
「すみません」
「今は恋愛も娯楽も捨てる時だぞ!」
「はい」

◆レアメタルも回収

「今どんな状況かな。今日のニュースを見よう」
「それが、テレビも没収された。ケータイも情報統制や娯楽の禁止の為に没収されるらしい」
「えっ、何もわからないじゃん」
「そこから得られるレアメタルで強力な兵器を開発しているらしい」
「まぁ、力になれるなら」

◆図書館

「隊長、もう隠れる場所がありません!」
「あそこに図書館がある。それを今から要塞に改造して使おう」
「あそこには本もたくさんあるから、寒さもしのげますね」
「さっそく作業に取り掛かれ!」
「隊長、図書館に小さな子供がいます。何か絵本を読んでいます!」
「絵本? そんな教育に悪いものは没収だ!」

◆燃やされる本たち

「何もしないから、その絵本を渡してくれ」
「だめ。お母さんが言っていた。これは大事なもの。大事なものは誰にも勝手に触らせてはいけないって」
「だが、世界にはお母さんよりも偉い方がいる。その方に渡さなければ酷い目に遭う」
「だめ、やめて。お母さんからもらった大事なものなの!」
「こんな作り話など戦争に比べたら軽い。さぁ、あとは燃やせ!」

 絵本を没収されてから、俺は兵士として前線に立つようになった。

「みんな、逃げろ!」
「待って、外国人が一人遅れてる!」
「構うな、奴は敵兵だ。こんな危険な時に敵の事を考える余裕はない!」
「忙しいとか危ないからって、そう言い訳していつまでも相手の事を考えないから、今戦争が起きてるんだ!」
「何だと!」
「敵が近づいてくる。あとは俺に任せて、みんなは先に行って!」

 みんなを逃したあと、俺は敵兵に寄り添い、声をかける。

「大丈夫?」
「助けてくれるのか?」
「だって、君にも大事なものがあるでしょ」
「でも、家族も友達も仲間もいない」
「大事なものは目に見えるものだけじゃない! お母さんが言ってた。さぁ、安全なところへ逃げよう」

 俺は敵兵を背負って安全な場所を探した。しかし他の兵士に見つかり、敵兵はその場で撃たれて亡くなった。

 それから数十年後。幾多もの修羅場を生き延び、退役した俺は今、絵本を描いている。今も虚構に触れて楽しむ事は禁じられているので、こっそりと隠れながら。戦争はまだ終わっていない。

◆さらに時が経ち

 荒れた書斎。部屋の中には一冊の本。その本もまた虚構だったので、兵士はその本を燃やした。

 しかし結局は兵士たちも虚構から逃れられないのだった。戦争だって、思い込みだから。

おわり

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