シュナミじいさんと諦めじいさん

 体の健康こそが一番大事と考えるじいさんと、健康になることを諦めたじいさん。これはそれぞれ真逆の結末を迎えた、二人のじいさんの物語。

 健康第一シュナミじいさんは何事においても自分の健康を大事にする。何十年経とうがいつまでも若々しく健康な体でいられることこそ、彼にとって最も大きな幸せなのだ。しかしながら彼も人間。その命は永遠にはつづくことなく、人間である限りは必ず死ぬ日が来る。

 しかしここ最近、夜着を着ても体が冷える彼は自分が日に日に死に近づくこと、日に日に老けていくことを健康の敵として強く拒絶していた。

 その日も重ね着して冷たい風に震えながら、知り合いの魔法使いと医者に老いの悩みを打ち明ける。

「どうしたら若返れるか、良い方法があったら教えてほしいんだ」

 魔法使いは困り眉になって言った。

「私は重い病気のほとんどにも効果的な魔法をいくつも知っている。だけどさすがに、若返れる魔法とか、不老不死になれる魔法までは知らないな」

 もう一人の医者は効果的な方法を知っているようだった。

「裸の処女と添い寝するシュナミティズムならどうだろうか。若い女性の体温と水気を吸収するという若返り術で、楽に若返れると思うよ。シュナミティズムをやっている店があるから、お金を払って添い寝するだけで良い」

 シュナミじいさんは、医者から店を紹介してもらい、その店へ行くことにした。

 店では、裸の若い少女たちが長寿を望む老人や裕福な男性に添い寝サービスを提供していた。シュナミじいさんも、気に入った少女の一人と同じ枕で添い寝するのだった。

 それからというもの、シュナミじいさんは若返りを求めて毎日、店に通いつづけた。一日も欠かさなかったはずだが、何回行ってもシュナミじいさんの老けに改善は見られない。逆に、効果がないことへの焦りと苛立ちでシュナミじいさんはさらに老けたように見えた。

「あいつ、俺を騙しやがって」

 医者への怒りを抑えられず、シュナミじいさんは医者の家へ八つ当たりしに向かった。その時、医者は別の患者のことで魔法使いと共に忙しく、シュナミじいさんは部屋の前で待たされることになる。

 別の患者とは諦めじいさんで、年齢はシュナミじいさんとほぼ同じである。諦めじいさんもある持病を患っているのだが、一番大事なもののために完全な治療を諦めているのだという。その代わり、男女問わず周囲の人の気持ちを想像し思いやることが、諦めじいさんなりに実践している健康法だった。

 当然、医者と魔法使いは「その健康法は迷信的であり、意味がない」と自分たちの下での治療を何度もすすめるが、諦めじいさんはすべて拒否をし、ただ自分の好きな物だけを食べ、好きな時間帯に寝るという一見自堕落にも見える生活をつづけた。しかしふしぎなことに、諦めじいさんは病気になるどころか心身共に健やかで元気な様子だった。

 医者も魔法使いも、諦めじいさん独自の健康法そしてその実際の思いもよらぬ効果を目の当たりにし、動揺していたのだ。

「薬も魔法も、あと処女も使わずに、どうしてこんなに元気なんだ?」
「今の医療でもわからない別の何かが影響しているのだろう」

 諦めじいさんは健康だけでなく、世の中大勢が求める金も女も地位も欲望も、何もかも諦めていた。不老不死さえ、必要なかった。しかし、世の中大勢が諦めたものだけは、決して諦めなかった。

 彼は真に健全な健康法を理解していた。自分が健康になるために、他者の健康を侵すことは、健全な健康法から遠ざかり新たな病を呼ぶ行為だということを。そして、他者の健康を尊重すれば、自分にも返ってきて本当の健康を得られるということを。

 彼は生という一生の病気を持つからこそ、その限りある命で他の多くの人を助けたり、親切に分け与えたりしてあげた。彼は最後まで若返ることはなかったが、今まで助けて来た人びとに見守られながら、息を引き取った。正しさや健康よりも自分の幸せとみんなの幸せを追求した諦めじいさんの人生は、ほとんどの場面が彼の楽しみと幸せで満たされていた。

 諦めじいさんが亡くなるだいぶ前に、シュナミじいさんも亡くなっていたが、彼の場合は諦めじいさんとは真逆の末路を迎えた。

 若返られなかったことは共通していたが、シュナミじいさんが死ぬ時、彼に寄り添う者は誰一人もいなかった。知り合いの医者や魔法使いとは大喧嘩したきり絶縁してしまい、お気に入りの処女も彼と出会って二年半で老け込み、シュナミじいさんより早く亡くなったのだ。

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[chapter:あとがき 解説編(※スピリチュアル的解釈を含む)]

 世の中大勢から見ると、シュナミじいさんの最期は不幸で悲しい結末として映る。しかし神からして見れば、これは天罰ではなく、人間という種を持続させるために必要不可欠な自然の働きの一つなのである。

 人間という種が生まれたのも、男女が生まれたのも、環境の変化に応じて進化する仕組みを持ち合わせたのも、人間自らが望んだわけではない。人間という種をつくり、男女をつくり、人間を繁栄させるために導き、時に進化を促す、目に見えない存在のおかげだ。

 この何とも呼べない謎の存在については創造主、集合意識、自然の摂理、高次の霊、あるいはディーエヌエイなどいくらでも呼び方があるが、ここではわかりやすく神と呼ぶこととする。

 人間は永遠に進歩向上を繰り返す種だが、人類全体の進化には新しい人間を生み、古い人間を抹消することが必要不可欠だ。

 さっき話したように世の中には、不老不死を求め、若い女性からエネルギーを吸い取る老人たちがいるが、古い人間の中でも特に人類の進化を妨げる要因となっている。

 当然、人類全体の調和を望む神が一部の老人の身勝手な願いを叶えるはずはない。治療に一生涯をかけたとしても、その老人は若返ることなく自然の摂理によって死んでいく。若い世代から搾取するだけでも厄介なのに、不老不死にもなったらこの世は利己的な老害で溢れかえるだろう。

 不老不死を得ることは、人類全体の進化にあらゆる意味で弊害となるため、実現することは不可能である。しかし、残酷な事実だけではない。

 諦めじいさんのように、不老不死を諦めたとしても、その限られた命の中でできるだけ多くの時間をいかに楽しむか、考えてみることはできるのではないか。

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