自然に触れると心が癒される理由

 無職の僕は、ほぼ毎日外出せずずっと家にいる生活を送っていた。

 ある日の昼。引きこもり三昧の僕を、父は見かねて言った。

「たまには、外に出てみないか」

 僕はどきっとして、首をかしげる。

「でも、外は緊張する……」
「その気持ち、わかるよ」

 父は、僕に寄り添うようにして言った。

「最初は怖いかもしれないが、一歩踏み出してみると、驚くほど楽しいぞ」

 父の言葉を聞いて、少しだけ勇気が出た。

「……うん。父さん、行ってきます」

 勇気を振り絞って、僕は、一歩踏み出すのだった。

 ささっと準備を済ませて家を出て、すぐ近くの森林公園へ向かう。

 公園は木々でいっぱいだ。どの木も緑の葉をつけている。その鮮やかな緑は若々しさを感じさせる。その木の下は日差しが遮られ、涼しい。室内の冷房とは違った、心地よい風が吹いている。

 真昼の公園には木だけでなく、人もたくさんいた。元気な子供、見守る母親。ランニングをするおじさん、犬を連れたおばさん。

 賑やかだけれどどこか穏やかな公園で、僕はゆっくり歩いた。時間も、何もかも忘れて。現代社会から開放されたような気分を味わいながら、たくさんの緑に囲まれ心を癒されていた。

 ……そのはずだったが、突如、平穏が破られた。

「こんにちはっ!」

 僕はびっくりした。聞き覚えのある、無邪気な声だった。

 恐る恐る、声の方向に振り向くと、約十歳ほど年下の小学生の従妹がいた。

「お兄ちゃん、今日は珍しいね。何してるの?」

 元気よく話しかけられたので、言葉を返した。

「あぁ、親父に言われて散歩してるんだ。お前も今日、学校は休みなのか」
「休みに決まってるでしょ! ほら、今日は日曜日だよ!」

 従妹は僕の世間離れに突っ込みつつ、僕を話に誘った。

「ねぇ。せっかくだから何かお話しない?」

 僕はあまり積極的ではなかったけど、それも悪くないなと、従妹に付き合ってやることにした。

「お前がしたいなら、いいよ」
「それじゃあ突然ですが……」

 そう言い、従妹は近くの低木の葉っぱを指差す。

「この、葉っぱはなぜ緑色をしているでしょう?」

 近くの低木に限らず、大体の植物の葉っぱは緑色をしている。

「……正解は、葉緑体を含んでいるから!」

 葉緑体……僕も昔、理科の授業で聞いたことがある。

「緑って良い色だと思わない? 私、緑 大好きなんだ!」
「そう言われれば……確かに良い色だね。見てるだけで、気持ちが落ち着いてくる」
「……それじゃあお兄ちゃんは、なんで緑を見ると心が落ち着くのか、考えたことってある?」
「えっと、それは……」

 考えたことはあるのだが、どうしてかはわからないままだった。
僕が黙っていると、従妹は自信ありげに言った。

「私はこう思う。人間だってね、本当はね……自然の一部なの!」
「自然の一部?」

 人間は、動物でも植物でもない存在だとよく言われている。

 人間は他の生き物と異なり、知能を進化させ自由意志を手に入れた。そして科学技術を発達させ、自分をとりまく環境を思うように作りかえていった。

 結果、森林は伐採されてビルだらけの都会となり、現在、人間は自然からはほど遠い人工的な環境で生活するようになった。

「……人間は自由意志を持って、自然を大きく作りかえてきたんじゃないの?」

 疑問に思って聞き返すと、従妹は続けた。

「だけど、人間も動物や植物と同じように、元は自然の中で生まれた生き物なんだよ。だから……」

 従妹が導き出したのは、意外な答えだった。

「自分と同じ自然に触れると、心が落ち着くのね」

 無機物に囲まれた人工的な環境は、便利で快適な生活をもたらす反面、人間を故郷の自然から遠ざけ、時にストレスや公害ももたらす。

 こうして都会の生活に疲れた時、人間は癒しを求めて緑と触れ合おうとするのだ。

 従妹の答えを聞いたとき、僕は一瞬にして、最高の発想をひらめくのだった。

おわり

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