不死の小屋とリンゴの木
「リンゴなんて大嫌いだ! 家出してやる!」
好き嫌いが発端となり、少年は両親と喧嘩、家出をした。そこから当てもない放浪の末、家から遠い田舎の村へ迷い込み、ある公園へたどり着いた。村には誰もいないようだった。
気がつけば、少年はお腹が空いていた。しかし、誰一人も来なくなり管理もされないその公園にあったのは、背の高いリンゴの木と小屋だけ。
何も計画を立てていなかった少年は非常食すら持っておらず、大嫌いなリンゴを食べるぐらいならと空腹を我慢した。しかし流石に四時間も経つと、ムカムカが我慢できなくなった。仕方なく少年は何とか木に登ったり、木を揺らしたりして、実っていたすべてのリンゴ三つを手に入れると、公園の小屋で食べることにした。もちろん、あくまで遊具なので中は狭いが、なぜか出入り口には鍵付きとびらがついていた。
戸締まりを確認し、少年はリンゴをまず一つだけ食べた。実際に食べると、新鮮でとても美味しかったので、少年は残りの二つもすべて食べた。しばらく少年は満足だったが、またお腹が空いてしまった。しかしもうリンゴはないし、他に食べ物は何もない。同時に眠たくもなってきた。だんだん眠気の方が勝ってきたので、少年は夜まで、この小屋で眠ることにした。
その夜、すぐ目の前で甲高い叫びが聞こえてくる。突然、とびらを殴るような音が響き、少年は目を覚ました。あまりにうるさいので少年は怒鳴ろうとしたが、ふと窓を覗いてしまう。
小屋の周りには工事作業員らしき男たちがいたのだ。夜にも関わらず、工事作業員たちはどこか狂ったようにはしゃぎ、甲高い笑い声をあげていた。少年には工事作業員が人間ではないように思えた。ただのパーティー好き野郎にしては気味悪い甲高い声、腐ったような死の匂いがしたからだ。
少年はとびらについている、外から顔を覗ける穴を恐る恐る覗いてみた。すると突如、殴られたかのような衝撃がとびら越しに頭へと伝わり、少年はとびらから頭を離してしまった。穴に映ったのは、クレーン車に乗った工事作業員がクレーンで何度もとびらを殴っている光景だった。
しかし工事作業員が何度叩き壊そうとしても、小屋はまったくびくともしない。ただの遊具にしては異様に頑丈だ。特にとびらはさっきから何度も執拗に殴られているが、鍵をかけたこともあり、まったく開く気配がない。
やがて、工事作業員たちは飽きたのか諦めて、その夜はどこかへ大人しく帰って行った。ようやく少年は再び眠りにつき、夜が明けた。
次の日のお昼ごろ、少年は目覚めた。昨日の工事作業員たちのせいであまり眠れず、またお腹が空いていた。少年は食べ物を買うため公園を出て、近くに店がないか探すことにした。もちろんあの狂気じみた工事作業員がまた現れないか、注意した。しかしとっくに早朝は過ぎているはずなのに、村には少年以外誰一人も人間がいない。そのことに少年は不吉な予感を覚えつつも、約一時間かけて食品店を見つけた。
店には三、四人ほどの客と店主がいた。店主は終始笑顔で少年を接客するが、同時にあの工事作業員のと似た不吉な匂いも漂っていた。その笑顔も何となく狂気じみている。客の方もみんな優しく紳士的に振る舞うが、あの工事作業員を連想させる悪臭がした。もちろんあの不吉な匂いもした。異常を感じた少年は菓子パン四つを購入すると、急いで遊具の小屋へ戻った。
菓子パンのうち三つはどれも美味しかった。しかし、最後の一つだけは工事作業員を思わせる不吉な味がして、とても不味かった。袋をよく見るとそれはなんと、消費期限切れのパンだった。もちろん少年はすぐに吐き出し、消費期限切れのパンを袋に戻した。少年のカバンには最後の腐ったパン以外、何もなかった。少年はカバンを枕にして少しひと休みするつもりだったが、昨日よく眠れず疲れていたため、夕方まで寝てしまった。
夕方、慌てて起きた少年は、暇だったのでふと考えた。
「あの工事作業員は一体何なのか、なぜ小屋を壊そうとしているのか。あの店の店主と客は一体何なのか。なぜ自分は腐ったパンを食べてもお腹を壊さなかったのか。家出前は違って、よくお腹を壊しがちだったのに。自分が今いる小屋はただの遊具のはずなのに、なぜ無駄に頑丈なのか。
たとえ頑丈な小屋にいるからとはいえ、今度の襲撃で壊されてしまうのではないか。ならば昼のうちにこの村から出た方がいいだろう」
しかしちょうど窓の外を見ると、空が灰色の雲で覆われていた。雷が降る時の色だ。一瞬向こうで雷光が走った。少年は小屋を出ることをためらい、雷が収まるまで小屋に居続けることを選んだ。
その時、大きな音が轟くと同時に、小屋が爆破された。辺りには破片が散らばる。あの店で見かけた客の一人が大量のダイナマイトを小屋目がけて一気に投げたのだ。しかし、少年は気づき、戸惑った。自分が一切傷を負っていないのだ。そう、小屋の中にいて、爆発に巻き込まれたにも関わらず。雷鳴が公園中に響き渡る中、工事作業員たちは慌てふためくどころか、みな大喜びで奇声をあげる。
「雨降った、最高だ、どんなに体を冷やしても風邪引かない!」
「雷落ちろ、俺の頭に!」
あいつら馬鹿じゃないか、頭も腐っているんだな、と少年はまた不吉な予感を覚えつつ、彼らに叫んだ。
「みんな逃げろ、雷が落ちてきたら死ぬぞ!」
すると、ダイナマイトを投げた者とは別の工事作業員が言い返した。
「お前だって、ダイナマイト投げられてもびくともしなかっただろうが!」
工事作業員たちは大笑いして奇声をあげながら、リンゴの木の周りを囲った。
「やめろ、死ぬぞ!」
少年は叫んだが、工事作業員たちは聞かずみんなリンゴの木の周りで踊り出した。次の瞬間、リンゴの木に雷が落ちて、木は真っ二つに割れてしまう。しかし周りにいた工事作業員たちはみんな無傷で、雷に構わず踊り続けていた。
「お前らは、なぜ死なない? なぜびくともしない、なぜあんなに笑ってるんだ? もうわけがわからない、この村はおかしすぎる、逃げよう!」
彼らの行動が理解できない少年は、急いで村の外へ逃げた。
「あいつこそ馬鹿だ、何もわかってない。自分が俺たちと同じ存在になったことすら……」
工事作業員の一人が呟いた。
恐怖のあまり、少年は急いで自分の家へ帰った。
「ごめんなさい! もう食べ物の好き嫌いはしないから、野菜もちゃんと食べるから、もう絶対家出しないから!」
少年は泣きながら必死で謝った。ところが、母は特に怒ることもなく、笑顔で返した。
「何も謝らなくても。野菜はもう食べなくて良いし、お菓子も好きなだけ食べて良い。これからあなたは食べなくても食べすぎても死なないのよ」
「お母さん!?」
動揺する少年に、母は続けた。
「好きなものを好きなだけ食べれば良い。嫌いなものは食べなくて良い。どんなに寝るのが遅くなっても、ゲームで遊んでも良い。それはお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、この世界すべての人みんな、同じよ」
ついに母まで様子がおかしくなった。
「そんな……」
「落ち着いて、聞きなさい」
そこへ父もやってきたが、父も母と同じく、様子が変だ。父は少年に、何が起きたのかを説明した。
「私たち人間はごく普通の平和な生活を送ってきた。しかしそれも昨日までの話。
私たちの世界に突然、不思議なリンゴの木が生えた。ある村の人々はそのリンゴを世界中に向けて売った。そのリンゴを食べた者は人、動物、植物、モノを問わずみな不死の力を得た。リンゴを食べた者やリンゴそのものに触れた者もまた、不死の力を得た。
不死になれば何をやっても死なない。例え、火の中水の中氷の中にいようと、絶対に死ぬことも滅ぶこともない。不死不滅になることは、真の自由を得るために必要なのだ」
両親は口を揃えていった。
「だから、君は今日からゾンビだ」
夜が明けた頃、真っ二つに割られたリンゴの木は元の一本の木に戻っていた。
おわり
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