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親の介護はしたくない

母がそろそろ介護が必要になっていた頃、私は50歳でした。母の近くで介護をと県外から戻ってきました。母のことは大切に思っていたのですがいざ実家に行くと別の感情が湧いていたのです。



1,子供の役目

親が年を取ると、親の面倒を見るために仕事を辞める、または引っ越しをする人がいます。これは私もですね。

訪問看護の仕事やケアマネジャーの仕事をしていたのですが、自分の人生についても悩んでいました。50歳という年齢は子育ても落ち着いて、仕事やご自身の時間を持つことを楽しみにされている方は多いのではないでしょうか。

私は未婚ですし子供もいませんが、既婚者で子供のいる方と同じように自分の人生の楽しみや役割のようなものをずっと探していました。
看護師として働いていましたが、自分の人生の目的のようなものを探していたのです。

地元に戻ってきた私ですが、病院で働いてはいたものの何か物足りなさを感じていたのです。このままでいいのかなって
親を介護すると決めたけれど、何年続くのだろう。在宅介護もイメージ出来ずにいました。
ただ、元気でいてほしいとそれだけを願っていました。
母が元気でいることで私は働けるし、色んなことが出来るからどうか長生きをしてほしいと思っていました。
正直いうと母の気持ちなんか二の次だったのです。


2,介護状態になった母親への感情

通い介護をしていましたが、毎回帰ると元気だったはずの母は少しずつ認知症状が出はじめ、訳の分からないことや同じことを繰り返し言うようになりました。

母自身も混乱していたようで、暗い表情を見せることが多くなりはじめました。
本当に介護状態になってきているのだなと、自分の中に焦りと苛立ちを感じていました。
「元気出して、もうしっかりしてよ」優しい言葉もなく、そんなことを言っている私自身にもイライラしてしまう悪循環の繰り返しでした。

これは、少なからず皆さんもあるのではないでしょうか。
ただ、親子だから面倒を見なくてはならない、そういう義務感で向き合っている人が多いのではないかと思うのです。


3,親に愛されなかった子供の場合


私は母親に愛されていないと感じていたけれど、子育て放棄や虐待はありませんでした。私の思い込みが強くあったことを後から知り、最期まで介護をすることが出来ました。

しかし、ここ最近親に虐待された過去があり、どうしても親を介護したくないという人が増えてきているように思います。
どのように向き合ったらいいのか私の考えを綴っています。

①自分へ最大限の愛情を注ぐ

親から受ける愛情は大人になる過程で大きな意味を持ちます。自己肯定感や自己信頼、安心感や人への思いやり、生きていく過程で必要な要素を育ててくれます。

虐待を受けてきても、社会で問題なく人間関係を築いていらっしゃる方は相当な努力とご自身の感情のコントロールを意識してこられたのだと思います。

まだ、過去を思い出して苦しくなる方もいらっしゃるかもしれません。
無理して親の顔を見に行く必要はないし、子供の義務だからと自分の気持ちを押し殺して、介護を行動に移さなくても良いと思います。
まずは自分への愛情を毎日毎日注いであげてください。

②両親を離れた場所で俯瞰してみる
自分の心が満たされてくると、過去の出来事は辛い事だったとしても、ふとご両親のことを冷静に見ることが出来る自分が育っています。

虐待をする親は満たされない気持ちが多くあると言えます。子供の頃に与えられなかったものが多かったのです。
満たされていない感情は大人になって他者承認を得ようと限度を超えた子育てをしてしまっているのです。

親の与えられなかったものを一言でいうと、子供と同じように「愛情」を欲しているのです。褒められる、抱きしめてもらえる、共感してくれる、選択を出来る環境、肯定されることなどがあると思います。

また、自分と同じように両親も良い関係性の家族の中で育っていないという背景を考えられると思います。

③両親の人生を生きないと決める
過去にブログでもご紹介したように毒親の母親に育てられた友人がいました。母親のようにならないと決め、自分の人生を歩んでいます。

でも、この決めるって中々難しいのです。

過去の虐待という出来事は自分を今よりも幸せにしてくれる、バネにしてくれる出来事だと思うこと、そして親と正反対の選択をしてみて下さい。
そしてそれを続けて行うことです。

否定的な言葉を使わず、肯定的な言葉を使うことが早道かもしれません。
自分の内側の言葉は発する言葉に影響が出ます。自分や周囲を信頼する気持ちが自分の内側の良い感情を育ててくれます。
過去にいる自分と今いる自分はまったく違う自分なのです。
切り離して今を生きてください。


4,介護状態にある子供の役目

介護状態にある両親をまったく放棄してしまうと、それは親と同じことを繰り返していることになります。ブログでも繰り返し書いていますが、介護は直接行う介護ではなくても公的なサービスに繋げることも立派な介護です。
そこには手続きも入っていますが、今は家族代行サービスなどもあるそうなんです。


これを読んで下さっている方にお願いがあります。

他の家族と比べ親の面倒をみない自分を否定しないでください。ご自身の人生を歩むことを優先して下さい。

きっと虐待をしてきた両親は、ご自身の人生を生きられず不満を超えて怒りさえ抱いていたのだと思います。
子供である自分は両親をそばで介護しなくても、自分を大切にすることで親の願いを叶えた事にもなります。


親も子供も良い人生だったと言えるような社会であってほしい、そんな風に思います。


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