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泡泡のたまごの行方

冬場の日曜日、小学生の私は田園調布の蓬莱公園を父と散歩していた。あのころは、昆虫採集に夢中でいつも捕虫網を持っていた気がする。だからその日も寒くて蝶などいないのに持ち歩き、なんだかつまらなくなって草の上を引きずるようになっていたと思う。

いい加減歩いて、ふと網の中を見ると折れた枝が入っていたので、網が破れたかも!と焦ってとりだした。網が破れるどころか、私はついてる!日だったらしく枝にはしっかりと泡泡のカマキリの卵が付いていたのだった。

動いていないので、家に持ち帰っても母も気にも留めず空いていた花瓶にさして玄関の靴箱の上に置き、玄関の景色の一部となったあとにはすっかりその存在を忘れてしまった。

生きていることを忘れていた私達の目を覚ますようなことがちゃんと起きたのは、少し暖かくなった春の初めの日だった。

母の叫び声にびっくりして玄関にかけつけると、そこら中がかまきりだった。何がおきたのか一瞬わからないくらい、たまごのことは忘れていた。茶色い小さな、でもしっかりかまきりとわかるいきものが靴箱の上の花瓶からあふれ出していた。どうしたらいいのー!

今は昔、もうそのあとのことは覚えていない。

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40年後、同じことが起きるとはかんがえもしなかったけれど、4歳の息子が公園でひろってきたのは紛れもないかまきりのたまごだった。結末はもう知っている。これを玄関においておけばどうなるのか。が、息子はそれがかまきりの卵だといっても、あのあふれ出す茶色の小さなかまきりの姿など思い浮かばない。なんとなーくそれは大事そうに玄関の靴箱の上に置かれてしまったのだ。彼の小さな黄緑の虫かごに入れられて。

春休みが終わり、年少組から進級して数日、登園前のバタバタな時間めがけて孵化したかまきり!虫かごの緑色の桟なんてないかのようにどんどんはみだしてくる。ああ、またも玄関は茶色のちいさなかまきりでいっぱいだ!部屋に上がってこないようにするだけで精一杯な私をしり目に、これはみんなに見せなくちゃ!と張り切る息子。

幼稚園まで歩くこと20分、かまきりがこぼれないようになんとかかこいをした虫かごを抱えてウキウキの息子。幼稚園の庭に次々と放されたかまきりの子どもたちはその後どうしたことやら。

科学絵本にもあるとおり、あの泡泡のたまごから生まれる数は200匹。ちゃんと成虫とおなじかまきりの形で。

だが、生き延びるのはとても難しい。




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