手帳歴10年目の現役大学生が考える、続けられる理由と続けたい理由
初めはただのスケジュール管理ノートでした。
今は、手放すのが怖いくらいに大切な相棒です。
手元に残っている手帳は中学1年の時のものが最も古いものですが、手帳自体は小学校高学年くらいの時から書いていました。
ただ、その時はスケジュール管理ノートとしての役割しか果たしていなかったので、どこかのタイミングで捨てたのだと思います。
中学生になってからは手帳に日記も書くようになりました。
1ページに1週間分書けるウィークリー欄の、短い日記です。
それで、捨てられなくなってしまったのです。
思い入れがありすぎて。
そういうわけで、小学生の時のものは数に入れず、日記を書き始めた中学生の時のものからカウントすると今年は記念すべき10年目。
ああ、もうそんなになるか。という感じです。
ここまで飽きずに、折れずに続けてこられた理由と、これからも続けたいと思う理由を考えてみました。
続けられる3つの理由
1 単純に楽しい
こういうのが性に合っていると言うのでしょうか。
書くことで自分と向き合える時間、書き終えたページに満足してにやける時間、過去のページを振り返ってほっこりする時間、全部、自分の心のバランスを保つために大切な時間なんです。
良いアウトプットの場であり、リフレッシュタイムなんです。
2 無理をしない
日記と言っても、書けない日は書けません。
1日や2日程度ならまとめて書くこともありますが、特に思い出せることがなければ空白のままにすることも。
何も書かないことも日記の一部だと考えているからです。
何も書けないということは、私の場合、相当疲れていたか、相当忙しかったかのどちらかです。
何もなかったからということはありません。
だから、その空白は、あとで振り返ったときに自分を労わるための空白です。
空白の日が続くと、「この期間は忙しかったんだな」と思えます。
空白は、”書かない”という記録です。
3 ウィークリー手帳のサイズと構成の丁度良さ
反対に、書きたいことが多すぎてウィークリー欄では足りないこともあります。
こういう時も無理せず、書きたいことは全部書きます。
ウィークリー欄の見開きページの右側はフリースペースになっているので、このページを使います。
絵を描きたければ絵も描くし、シールやチケットを貼りたければそれらも全部詰め込みます。
ウィークリー手帳は、ほぼ日手帳ほど大きすぎず、マンスリー手帳ほど小さすぎず、私の「無理しない」を叶えてくれる丁度良い手帳です。
持ち運びにも丁度良い。
とはいえ、最初の頃に使っていたA6サイズでは物足りなくなり、高校3年の時から少し大きいB6サイズを使うようにはなりましたが。
続けたい3つの理由
1 自分をもっと知るため
自分のことって、案外自分はあまり知りません。
自分のことは自分が一番分かっていると思っていても、まだまだだな、と感じることも多いです。
特に就職活動を始めてからは、自己分析をしながら、「あれ?私って本当はこうなんじゃない?」と気付くことも多々あります。
10年も自分の想いを日記に綴っているのに、それでも自分が分からない。
だから、もっともっと続けてみたいと思います。
自分はどんな時に嬉しくなるのか、充実感を感じるのか、どんな時に悲しくなるのか、どんなものに興味があるのか、どうすればストレスを発散できるのか。
自分を分析する手段として。
知れば知るほど、楽に生きていける気がします。
2 ポジティブでいるため
嫌なことがあっても、文字に起こしてみると案外大したことではなかったり、簡単に解決できる問題だったりします。
私の場合、頭の中で考えているだけでは思考が進まないので、書くことが自分を良い方向に導いてくれるのです。
書いても解決できない問題に対しても、解決策の糸口が見つかったり、自分ではどうしようもない問題だと諦めがついたりします。
少なくとも、書くというアウトプットをするだけで、少しすっきりする自分がいるのは確かです。
一見するとネガティブなことも、見方を少し変えればポジティブになるということは意外と多いものです。
そうやって書き出してみると、どんなにネガティブな日記の日も、最後の文章には明るい希望のようなことを書けることが多いんですよね。
3 幸せでいるため
幸せな瞬間に気付くのって、その瞬間が終わった後なんですよね。
振り返ったときに初めて、「ああ、この時、幸せだったな」と思うんです。
その振り返りの役割を担ってくれるのが、手帳に日記を書く時間。
唯一、その瞬間の幸せに気付けるのは、美味しいものを食べている時です。
私の食レポは「美味しい」「最高」「幸せ」の3ワードでできています。
美味しいものを前にすると、語彙力はなくなります。
幸せって、そのほとんどは気付きにくい小さなものです。
だから、それに気付くために、想い出として残すために、自分の周りの小さな幸せに気付き続けるために、日記を書くんです。
日記が、私の幸せの道標なのかもしれません。
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