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世界中がカオスに包まれる中で私の心は自分の温室の中でぬくぬく暮らしている

世界中がカオスに包まれる中で私の心は自分の温室の中でぬくぬく暮らしている。

3月末に国がロックダウンになって2ヶ月が経とうとしている。
国外からの入国者は国民と永住権保持者のみに限られて私はこのタイミングで海外に足を運んでいなかった自分の幸運に(留学生はもちろん入国禁止なので)ほっと胸を撫で下ろしながらこれからくる生活への不安を抱いていた。

このロックダウンの期間、大学は閉まり、図書館などの公共機関は一切機能していなくて唯一空いているのはスーパーマーケット、ガソリンスタンド、病院、いくつかのコンビニ。元々この国に友人と言える友人もいないし私の大好きな人たちはみんな海を越えたところにいるしまあそんなに私の普段生きている範囲と変わらないだろうなと思っていた。仕事もない今、外に行こうという意志を持って自分を動かさない限り外に出る義務と機会が一切なくなってしまった。


5月中旬にはロックダウンは解除されてみんな少しずつ元の生活に戻っている。変わったことと言えば大学が今学期いっぱいオンラインへ移行したことと仕事をクビになったことくらい。バイト先は大きな飲食関係のグループ会社でそのうちの一つのカフェで働いていたのがカフェの地理的な問題と(オフィス街のど真ん中でオフィスのキャパも半分くらいに減らされたから)経営難が重なって一番先にてしまった。私の同僚もほとんどレイオフになっている。通知のメールをもらった時はパニックになっていたけど今もがいて仕事を探してもどうしようもないのでどうにか貯金でつないでいこうと思っている。細々ながらも翻訳の仕事もあるのでせめて今学期の終わるあと1ヶ月はなんとか乗り越えられそう。(とか言いながらも好きな本が買えないのはとても悲しいのでちゃっかりnoteに無料だけど有料設定つけてたりします。ちゃっかりしすぎ。新しいポストモダニズムの本が読みたい)

こんな世界で社交的になろうと思っても結局私の社交性なんてたかが知れている。こんな時期だしと、翻訳の仕事が溜まっている、大学の課題があると言い訳をうまく使えるようになってしまった(実際だいぶ仕事と課題に追い詰められているのは事実)あんなに賑やかな街を歩くのが好きだった自分を見つけるのが難しい。


いいこともあった。少しずつまた読めるようになってきた。
一時期はいつもより読書量が減ったことに落ち込んでそこからどんどん読めなくなってしまった。でもまた最近オンラインでのレビューや読書録について読むようになってからやっぱり読んでみたいとか読みたいっていう欲求が舞い戻ってきた。それは時間のかかる作業でしかもどこにも行かずに一人で家で読書し続けるなんて気が滅入ってきそうなんだけど何だかここ1週間はそのリズムに身を任せて二冊、あっという間に読んでしまった。一時期的なことかもしれないけど少しだけ自分の原点の戻れたような(戻れるかもしれないという淡い希望)気がして嬉しかった。

こうしてまた朝起きてすぐに机に向かって書き始める習慣も少しずつだけど取り戻している。世界が暗くてまだ夜なのか朝なのかわからな時間の狭間に立っているとこの世界に残されたのは自分だけのような幻想に陥る。そんな孤独の時間に浮かんでくる言葉はどれも普段の生活では聞いたことのないような、でもどこかで聞いたことのあるような不思議な感覚をもたらす。知っていて知らない。知らないけど知っている。

こんな風に言葉を書き連ねられるとは思わなかった。
まだ私の中にはたくさんの言葉が眠っているみたいだ。

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