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生まれ変わりを信じる国、ブータンにまつわる本のお話

「裏口から悲劇は起きるんだ」

この言葉を聞いて、これから私がどんな話を始めるか分かった人はどのくらいいるのだろう。

この本と出会ってから約10年の月日が経っている。
けれど、当時のことは今でも少しほろ苦い大切な思い出とともに心の中にそっとしまってある。

裏口から悲劇が起こる本の正体は、伊坂幸太郎さんの「アヒルと鴨のコインロッカー」という作品である。

この不思議なタイトルからどんな話が展開されていくのか、ほとんどの人は分かるまい。
というか、分かった人がいたらこわい。

実は、この「アヒルと鴨のコインロッカー」は、伊坂幸太郎さんの作品の中で私が最も好きな作品だ。

以前、この本の人気度みたいなものをネットで調べた結果、意外にも悪評のほうが多いことに驚いたというエピソードもある。
私が世間の人たちとの感覚とずれているのかもしれない。
けれど、この作品を好きじゃないという人の言い分も理解できた。
それでも、私にとって一番好きな作品であることに変わりはない。

そして、この本を読んで、海外志向など1ミリもない自分が気にするようになった国がある。
それは、ブータンという国だ。

ブータンという国をご存知だろうか。

「アヒルと鴨のコインロッカー」では、ブータン人のドルジという青年が登場する。
そこで、ブータン人の思想というものに触れるきっかけとなった言葉ある。

「僕たちは生まれ変わりを信じていて、死ぬのは怖くないから」

「アヒルと鴨のコインロッカー」創元推理文庫 P30

そう、ブータンは生まれ変わりを信じる国なのだ。

私がこの作品に出会った当時、ブータンは一躍注目を浴びていた。
なぜなら、世界一幸福な国として1位に輝いたからである。

ワンチュク国王とジェツン・ペマ王妃が来日された時も話題に上がったのを憶えている。

生まれ変わりを信じる国が世界一幸福な国だということに興味を抱いた。

生まれ変わりにまつわるエピソードとしてもうひとつ思い浮かんだことがある。
NHKの番組でいじめをテーマに取り扱った番組が放送されていた。
学生が何人か登壇していて、いじめに関する意見を述べていた。
そこで、その中のひとりの女の子が次のような発言をしていたのを憶えている。
「私はいじめにあっていて死にたい気持ちがある。死んだら生まれ変われるからこわくない」
そんな趣旨のことを彼女は話していたように憶えている。
その発言を聞いていて、私はある違和感を抱いた。
なぜなら、仮に生まれ変わったとして、生まれ変わった人物はもう彼女とは別人格であるから彼女としての人生は終わる。
生まれ変わった先の別人格は、彼女だったときの記憶はないに等しいから、彼女の自意識というものは宇宙かどこか果てしなく遠いところで眠っている。目覚めることは現実的に考えにくい。
それでも、彼女は生まれ変わればさも自分という存在を保ったまま、ゲームでリセットボタンを押して再スタートするかのような感覚で話していたのが違和感だった。
意見を述べている彼女の表情には希望さえも感じられた。

話を「アヒルと鴨のコインロッカー」に戻そう。

青年ドルジが言っていた言葉と彼女が言っていた言葉は全く同じではあるが、私には違うものとして感じられた。

ドルジは、国としての信仰の在り方として述べているのにとどまっていて、彼自身はどこか投げやりな部分があるように感じられたからだ。

そして、「アヒルと鴨のコインロッカー」の最大のトリックは、河崎が言う「隣の隣はブータン人だ」という言葉だ。
この言葉は、主人公の椎名が引っ越し先のアパートで出会う謎の人物である河崎からアパートの住人について説明を受けているときに放たれる。
要は、隣の隣の部屋にはブータン人が住んでいるということを意味する。

この言葉に秘められたトリックが解かれた瞬間、私は涙せずにはいられなかった。

ほかにも、「アヒルと鴨のコインロッカー」には好きな場面やフレーズがたくさん散りばめられている。
読みながら好きな箇所に付箋を貼っていったら本が付箋だらけになってしまったほどだ。
それくらい心に響くシーンが数多くあった。
そして、それらは互いに呼応している。
あらゆるところに伏線が張られていて、徐々にそれらが回収されていく過程は美しさをも感じられた。

なお、私がこの本と出会ったきっかけは、実写化された映画を先に観ていて、「この物語を言葉で表すことなど可能なのだろうか。原作はどのような作品になっているのだろう」と気になったからである。
この物語は、現実と過去が交差しあいながらストーリーが進んでいく。
自分にしてはめずらしく、映画も原作も好きな作品である。

・・・

今回は、伊坂幸太郎さんの「アヒルと鴨のコインロッカー」から、印象深かったブータンという国を切り口に書いてみました。

自分が魅力を感じたことを他人と共有することがあまりないので言語化するにはまだまだ練習が必要だなと思います。

気になった方がいましたら、個人的に映画も原作もおすすめなのでできれば両方観て読んでいただけたらうれしいです。
もちろん、映画と原作どちらかだけでも物語の核心部分に違いはないのでみてみてほしいです。


おわり


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