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12 カーロス 月と空と船①

「面影を追い続ける男」 12 カーロス ー月と空と船①ー


 睦月に別れを告げ、俺はフォース湾を渡り、カーロスへ向かった。

 ここは産業革命以後、時間が静止した町と呼ばれている。
 白い壁と黒い三角屋根の家並みは中世のまま、どくどくと密かな音を立てて生き続けているように思えた。
 見下ろす世界は昔のモノクロ映画のようで、タウン・ホールの上の風見鶏だけが元気良くくるくる回っている。

 出来ることなら、睦月に何も知らせないまま、ロンドンまで一緒に行きたいと思っていた。今、あたたかな存在を失うのは正直辛かった。
 だが、マリアのことを話せば、結局のところ同じ結果になったことだろう。心を委ねる前に離れた方がいいことは明白だった。

 吹き荒れる海風は、ますます町から色を失くしていく。

 見覚えのある道を辿りながら、過去の自分を思い出そうとしていた。こうして何年か後に、再びここを歩くことになるなど想像しなかった時を。
 石が積み上げられた不思議な形の家の前で、亡霊のように立ち尽くしている自分の姿は、昔とはまるで変わってしまっただろう。

 ガラスのショーウィンドウにはたくさんのバイオリンやヴィオラがぶら下がり、奥にはピアノがあった。この楽器店の二階が宿になっていて、正面から直接上に通じる階段がカーブを描いている。ここを一日に何度も往復したこと、あのピアノで練習させてもらったことが懐かしかった。

 今ピアノは蓋が開けられたままで、白と黒の鍵盤の上にうっすら埃が積もっているのが気にかかった。戸には鍵が掛けられ、店の中も注意して見ると全体に白っぽくなりつつあった。二階に上がりドアを叩いても人がいる気配はなく、店の老夫婦のその後が想像された。

 普通にロンドンで暮らしていたら知らずに済むことを、こうしてわざわざ確認しに来ているような旅を恨めしく思う。全て、変わらないものなどないと思い知るかのように。

 同じように見えているものがまるで前とは違う。しんとした重い空気に押しつぶされて、過去の遺物となっていく。




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⇒ 「面影を追い続ける男」 目次

いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。