見出し画像

だって冷蔵庫と洗濯機だもの

タイトルは家電だが中身は子らのことである。

顔はかなり似てる。
性格はとても離れている。
似てないじゃなく、両極端なので比べても仕方ない。
ただ、両親から受け継いでるものは確かにあるので、親としては
足して2で割らなくていい
といった気持ちでいる。

先日、発達相談会があった。
障害やら問題を抱える子を専門家が個別に見て保護者と面談をするんだが、2人とも発達障害で、来年小中学校に入学するとか諸々あってそれを受けることになった。

臨床心理士の先生が2人を1時間ずつ面談し(専門家とはいえ発達障害児と1時間話す粘り強さはどうやって身につけるのか?)、その後自分が呼ばれて先生とお話。それぞれに困ってることや不安なこと、得意なことや家での様子など事情聴取的なやりとりをして、先生が初っ端言ったのは


「お母さま、この2人を一緒に育てるのにかなり大変な思いをしてらっしゃいますよね」

あー、わかる人はわかるのかー、と何だか嬉しくなり、こちらも口が軽くなり
「ふたりとも違うルールや言語感覚の子なので、同じことでも1人ずつに合わせて2種類用意しなきゃならないのが大変ですねぇ」
と、多分こういう意味での大変さを汲んだ言葉だろうと思い答える。
「そうです、それとても大変ですよね?」
「でも一方に合わせたりどちらも汲んでとかできないですから」
「確かにそうだと思います。それはお母さまがお子さまたちの性格や特性をよく理解しているからできることです」

でさ、自分、上の子の障害発覚以来、ホントのホントにめたくそ
「お子さんをよく見てますね/理解してますね」
と言われるんだけど。最近言われ過ぎて
これ、発達障害児保護者向けのお世辞違う?
って思い始めてて、疑心暗鬼なのですが。
(まあ限度こそあれ理解し得ない人間と一緒に暮らしたり生きたりしたくないし、相手が何であれ理解してないものを育てたり作ったりできなくないですか?)

話がズレた。

私にとって2人を一つ屋根の下で育てるというのは、たとえるなら洗濯機と冷蔵庫を使うようなもので、同じ家電といえども用途や仕組みが全く違う、中に放り込むべきものも違う、それをそれぞれ杜撰な取り扱い説明書を見ながら使うような感覚である。
なので先生に
「トリセツに全く違うことが書いてあるからしょうがないですし、それを読むのが大変ならそれは親として背負わなきゃいけない大変さかなあと…」
と言ったら笑って
「そうです、トリセツが違うのがわかるのが大事です!」
と言って頂いたのもまた嬉しかった。

というわけでおかーさんは褒められまくって最近ちょっと天狗になりかけてるので、誰か何かで鼻っ柱をへし折って下さいませんでしょうか?

自信過剰になるの、凄く嫌なのよね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?