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泣かせるつもりで書くのではなく、泣かせた時を思い出して書く

泣ける小説」というものがあります。

常々疑問に思っていたのですが…そんな「泣ける小説」、作者の方はどうやって書いているのでしょう?

他の方がどう書いているかは分からないのですが…自分の場合は「泣かせよう」とは思わないことにしています。

作為的になり過ぎたり、「あざとく」なるのが怖いからです。

代わりに、これまでの人生の中で、実際に自分が他人を「泣かせてしまった」時のことを思い出して書きます。

卒業前、サークルの「伝統」で、後輩たち一人一人にメッセージカードを贈った時のこと…

社会人一年目で東京に行っていた時、家族あてにメールで送った近況報告(長文)…

何の気なしに書いた文章が、思いがけず他人を泣かせてしまうことがあります。

目の前で泣かれたこともありますし、後で「読んで涙が出ちゃった」と教えられたこともあります。

そんな時、自分の「どんな文章」が相手を泣かせてしまったのか、忘れないよう、脳に深く刻み込んでおくのです。

あるいは逆に、自分が他人の文章に泣いてしまった時も、それがどんな文章で、どんな感情を抱いたのか、しっかり記憶しておきます。

自分自身のことだけでなく、他人の「泣けた」についても、日頃から情報収集しています。

たとえば高校時代の担任が、うちの父が書いた保護者作文に「思わず涙が出た」と言っていたなら、その「泣けた」部分を覚えておきます。

他人の書評の「泣ける」「泣けた」にもアンテナを張って、できるだけ参考にするようにしています。

そうして収集してきた「泣ける感覚」を、胸に蘇らせながら執筆するのです。

「泣く」という感情だけでなく、それ以外の感情やリアクションについても、マメに収集しています。

パンフレットに書いた短文がきっかけで、それまで話したこともなかった後輩から話しかけられたこと…

高校卒業時に大学受験を振り返って書かされた作文を「『こんなに前向きな言葉は今まで見たことがない』から、後輩たちに読み聞かせている」と、卒業後に担任に言われたこと…

そんな風に、自分の書いた文章にポジティブなリアクションをされた時、その文章が「どんな」だったか、忘れず記憶しておきます。

もっとも、そうやって相手の反応を引き出せたのは、単に文章の力とは限りません。

それまで一緒に重ねてきた時間や経験…その「積み重ね」があったからこそ、そのリアクションが出たのかも知れません。

しかし、そこに在るのは、リアルな「泣けた」であって、作られた「泣ける」ではありません。

泣かせようと思って泣かせたわけではなく、泣かせようと思っていないのに泣かせてしまった――そこに何より「リアル」がある気がしてならないのです。

そのリアルな感情を、何とか文章で「再現」したいのです。

とは言え、過去の「泣かせた文章」を、そのまま小説に流用できるわけではありません。

(その文章を書いた時のシチュエーションと、小説の「設定」が「同じ」なわけではありませんし…。)

なので本当に「その時の感覚」を思い出しながら書くだけ、「その時の感覚」をなぞるように書くだけ、になります。

それでその感覚が「再現」「表現」できるかどうかは、実際のところ、よく分からないのですが…

多少なりとも「描写」に影響して、読者の心を動かせるものになっていれば良いな…と思いながら、日々試行錯誤しています。



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