安っぽい悲しみとともに

 友達が死んだ。学校の先生は事故で死んだといった。どんな事故かとみんなで聞いたけど、先生もよく知らないと言った。その友達の家族に聞きに行ってもいいか尋ねると「それはやめておいた方がいい」と止められたから、みんな顔を合わせて、空気を読んで、それ以上詮索することはやめておいた。

 みんなで葬式に行った。涙が止まらなかった。特別仲がよかったわけじゃないけど、こんな簡単に人って死ぬのかと思うと、死んでいたのは自分だったかもしれないと思った。私が死んで、その子が私と同じように、私の死を知って、同じように泣いていたのかもしれないと思うと、心に深い闇が広がっていくような気がした。

 その年の夏休みの課題で、その子のことを書いたら、県のコンクールで受賞した。
「その子の死によって、私たちは死を身近に感じて、毎日を少しでも一所懸命に生きようと思うようになった。だから、その子が生きていたことには意味があった。私たちが人生を真剣に歩むことが、本当の意味でその子への弔いになるのだ」
 そういう内容で書いた。いい話を書こうと思った。意味のある話を書こうと思った。書いている最中に、何度か泣いた。私の文章を読んで、先生も泣いてくれた。友達想いのいい子だと言ってくれた。

 私は自分の作文が評価されたことが嬉しかった。きっとあの子も、天国で喜んでくれているだろうなと思った。



「お前の言い分はいつもどこか不誠実なんだ」
「え……」
「お前の受賞したあの作文、あぁいう文章を書くやつとは、俺は関わりたくない」
「な、なんでそんなことを……」
「お前が聞いたんだろう? なんで私じゃダメなのかって。お前だからダメなんだよ」
 あれから一年が経った中学二年の秋、好きになった同級生の男の子に告白したとき、私は自分の人格を全否定された。
 地獄のように胸が痛かった。私の何がダメだったのか、私には分からなかった。私が悪いんじゃなくて、その人の性格が歪んでいたのだと思いたかったけど、でも相手は、私が好きになった人。誰にでも分け隔てなく接するのに、決して群れず、綺麗な顔で笑う人。何事もよく考える人で、軽率なことは言わない人だった。
 同性の友達に敵意を向けているところは何度も見てきたけど、女子にひどいことを言っているのは見たことがなかった。私とも、今までは普通に話してくれていたから、なんでそんなひどいことを言われて断られたのか分からなくて、混乱した。
 それだけじゃない。あんなことがあったのに、次の日、彼はまるで何事もなかったかのように、私に感じのいい挨拶をして、私はそれに返した。少しも意に介していなくて……まるで昨日のことは、夢だったのではないかと私自身が疑ってしまったくらいだった。それが夢でないとはっきりわかったのは、私が直接それを尋ねたからだった。
「ねぇ昨日……」
「あぁ。ごめんね、ひどいこと言って。でも本心だから。少しは気にしてくれると嬉しい」
 彼はいつもの友好的な口調でそう返し、笑った。そして、いつも通り他の友達と楽しそうに会話を再開した。
「お前昨日○○さんと何かあったん?」
「いや、別に。ちょっとした用事」
「ふぅん」
 ちょっとした用事。私の恋心は、その告白は、彼にとってちょっとした用事に過ぎなかったのだと思うと、皆が見ているのに涙が抑えられなくなって、その場に座り込んで泣き出してしまった。
「大丈夫?」
 どうして真っ先に心配してくれるのか理解できなかった。彼がどんな表情をしているのか気になったが、少し考えれば分かることだった。いつもの、優しい笑顔だ。
「ごめんなさい……」
「ごめん、あ、××さんたち、○○さんを保健室に連れて行ってあげてほしい」
 彼は気を遣って私の友達に声をかけてくれた。私はその友達に、昨日のことを正直に話した。友達は、どう返答していいのか分からなそうだった。もし彼が、先ほど私にひどいことを言ったのなら、一緒になって彼を悪く言ってくれたかもしれない。でも実際の彼の態度は誰が見ても紳士的で、責めることはできないようだった。
「私、私が悪いのかな」
 私が泣きながらそう尋ねても、三人の友達は互いに顔を見合わせて、首を傾げるだけだった。そうだよね。分かるわけないよね、そんなこと……

 しばらく経ってから、彼が保健室に見舞いに来た。友達は去って行った。
「どっちの方が悲しい?」
 何を言っているのか分からなかった。だから、黙っていた。
「去年、君の友達が死んだ時と、今。どっちが悲しい? どっちが苦しい? 言ってごらん?」
 頭が回らなかった。
「比べられるわけないじゃん」
「比べられるよ。比べられるんだよ。俺は知ってる。君はいつだって、君自身のことしか考えていない」
「みんなそうじゃん! なんで私だけこんな目に遭わなくちゃいけないの? 私が何か悪いことした? なんで佐上君は、私を……私を、試すようなことをするの? なんで……」
「君の作文がよく出来てたからだよ」
 ふふ、と彼は笑った。私には意味不明だった。
「俺は、あぁいうのを書く人間が嫌いなんだ。それで、たまたま君は俺のことを好きになった。こんな愉快なことはないだろう? 俺が一番嫌いなタイプの人間が、俺のことを好きになるなんて。一本小説が書けるよ、これだけで」
「佐上君は、小説を書くの?」
「俺は書いたことないけど、彼女は小説を書いていた」
「彼女?」
「死んだあの子のことだ。あの子は、俺の幼馴染だった」
 私は言葉を失った。

 彼はその後、何も言わず保健室を去って行った。保健室の先生は全部聞いていたと思うけれど、何も言ってはこなかった。

 私はそのとき初めて、自分が感じていた悲しみがいつもあまりに安っぽいことに気が付いた。友達……彼の幼馴染が死んでしまったときも、彼に振られてそのあとひどいことを言われて落ち込んでいる今も。

 晩御飯を食べたら、元気が出てきた。
 世の中には、安っぽくない悲しみもあるのだと分かった。でもそれは、私の悲しみじゃない。
 彼にはひどいことをしてしまったかもしれない。でも同じくらい、私もひどいことをされたと思う。だから、忘れようと思った。
 運の悪い事故だった。友達が死んでしまったのもそうだし、私が彼のことを好きになってしまったのも、そう。

 だから、私は彼のことは気にせず残りの中学校生活を過ごそうと思った。

 さすがにこのことは作文にできないな、なんて思って笑った。

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