失恋して、切なさそうに夕焼けを眺めて泣く女の内情


 高校二年の文化祭の時に告白されて以来、大学二年生になった今年の春までの二年半の間付き合っていた彼氏とついに別れた。

 「失って初めて分かる大切さ」も「未来が見えなくなる不安感」も感じなかった。
 私にあったのは、やっと終わってくれたという安堵感だった。
 この人と結婚する未来は、全く見えていなかった。私も彼も、付き合い続けていた理由は惰性だった。確かに、高校の間はお互いのことが大好きだった。進路は違えど、私が彼の近場の大学を選んだ時だって、彼との未来を想像してのことだった。
 結婚。それを意識した途端、一気に冷めた。彼もそれは同じだったようだった。私は彼の子供を産みたいとは思えなかったし、彼も私に子供を産ませたいとは思えていなかったようだった。

 冷めきった関係は、穏やかな友人関係のように、また別の温もりを持っていた。

 夕方の駅のホームは、それなりに人がいた。
「俺たち、別れよっか」
 久々のデートの帰りに、彼は笑顔でそう言った。その日は映画を見て、ちょっと高めのイタリアンをご馳走してもらっていた。この後彼が独り暮らししているアパートに行って、セックスするんだろうなと思っていたから、少しだけ驚いた。
 料理はおいしかったし、会話も弾んでいた。幸せと言い切れるほどではないけれど、悪くない一日だった。
「そうだね」
 不思議と、心臓は落ち着いていた。そうか、こういう風に終わるのか。そう思うと、悲しみではなく、よくできた映画のエピローグを見た後のような感動に襲われた。ここで涙が一筋だけ流れたら、完璧だなと思った。でもその演技じみた感性を自嘲すると、気持ちは冷めて涙は出なかった。
「今までありがとう。素敵な」言葉を探す。「日々だったと思う」
「俺もそう思う」
 それ以上、交わす言葉はなかった。私は背を向けて、そのあとに「さようなら」と言った。彼は「うん」と肯定した。

 彼の家とは反対方向の電車にひとりで乗ると、いつもより自分の体が小さいように思えた。席は、近くにひとつだけ空いていた。私は迷わずそこに座った。もし二人なら、私は立っていたと思う。
 体が軽いと思えた。

 これは失恋なのだろうか。きっと友達は、私を慰めてくれるだろうけど、なんだかそれって的外れだなぁと思った。
 別れたことを、すぐに伝えたほうが人間関係上はいいのかもしれないけれど、めんどくさくてやめた。しばらくは、ひとりでいたかった。
 こんなにも、心から安心したのは久々かもしれない。ふっと息をつくと、世界の明度が少しだけ上がったような気がした。

「絵でも描こうかな」
 つぶやいてみると、それが素晴らしいアイデアのように思えた。

 夕焼けが綺麗だった。雲の形が、面白かった。赤とオレンジと白と紫と灰色、グラデーションは完全に不規則で、言葉で伝えることはできなさそうだな。
 太陽と離れて浮かぶ三日月の角度を見て、月は確かに太陽の光を反射して輝いているのだと知った。

 綺麗だと思った。それを言葉にしなくてもいいのだと分かると、嬉しかった。写真も撮らなくていい。誰と共有する必要もなく、ただ私はこれを楽しめている。それが嬉しかった。
 綺麗だ。好きな時に、見るのをやめていいんだ。私のペースで、生きていていいんだ。

 そう思うと、涙がこぼれていた。あぁ、そうか。涙はこうやって流れるのか。
 袖で拭って、真っすぐ夕陽を見つめ続けた。


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