働かないシャチョウとチームづくり

うちの親父どのについて話をしよう。

うちの親父どのは、メッシである。

メッシを知らない人には申し訳ないが、世界最高峰のサッカー選手なのでこのまま検索画面へ移動して、メッシと入力していただきたい。大抵の情報はそれで事足りるはずだ。

もちろん、これは比喩である。親父どのはサッカー選手でもなければ、サッカーをやったこともない。でもメッシなのだ。

メッシは試合中あまり走らない。たぶん世界で最も走らないフィールドプレイヤーの一人だろう。ディフェンスもあまりしない。やってもその能力は他の選手のそれに到底及ばない。でも、彼は許される。それでも、そこにいて欲しいと思われ続けている。

フォワードとしての能力が、誰もたどり着けないほどに高いからだと言われているからだ。

このあたりの話は、サッカーファンにとって格好のネタになるのでこれ以上はやめておこうかな。今回の話のメインはそこではないので。

親父どのは、現在も調理場に立っている現役の料理人だ。だけど、洗い物はほとんどしない。食器どころか、ちょっと使用しただけの鍋をささっと洗うこともしない。代わりに誰かがやるのだ。さすがに誰かがやらないと、料理やの仕事として破綻するので、誰かがやる。そして、その使いっぱなしを誰も咎めない。意味がないのである。下手なのだ。洗い物にヘタもうまいもないとお思いかもしれないが、実際に下手な人間がいるのだ。僕はそれを、親父どのを見て知った。

親方レベルなら当然だろう、と言いたい方もいると思う。でも、これはもう数十年に渡って同じなのである。若いときからの話だ。

そして、整理整頓も苦手だ。冷蔵庫の中など自分の使いやすいように整理しておけば、さっと使いたいときに勝手が良さそうなものだと思うのだ。僕の冷蔵庫は、とっさの対応に備えて整理をしているが、親父どのはそういうことはしない。いや、しているつもりなのかもしれないが、僕にはとてもそうは見えない。だから、これもまた誰かがやる。

繰り返すが、これも若いときから同じなのだ。

別に親父どのの悪口を公開して、憂さ晴らしをしたい訳じゃない。うちの店ではメッシなのだから、それで良いのだ。ディフェンスや組み立ては僕たちがやる。その代わり、親父どのの料理の腕は別格だ。造詣、見識、柔軟さ、発想力、経験、実績、どれをとっても間違いなく一級である。静岡県内の会席料理の業界では、親父どののことを知らない人のほうが、知らなくてごめんなさいと言う程度には知られている。その一点で必要な人なのだ。


他の組織の中でも、うちの親父どののような人がいるかも知れない。一点の特化した能力をもっているが故に、他の能力が少々欠けているような人だ。

そんな中、往々にして見られるのは、欠けている部分が社内の立場を悪くしているケースである。チーム内で、みんなが出来ることは同じように出来ないと許されない風土があると、その人は肩身の狭い思いをすることになるだろう。

僕ならば、特化した人には僕の仕事までやってもらうことにする。確実に僕よりも結果を出してくれるだろう。どんどん点をとってもらえば良い。代わりに僕が彼の分まで、ディフェンスもするし、パスを供給する。チームが勝つためには、圧倒的に効率的かつ効果的ではないかと思う。

それが出来ないのは、個人評価が気になるからだ。会社がフォワードもディフェンダーもコーチも同列で個人を評価するからである。これは、ちょっとした病のようにも感じる。


知人の会社の話でこんなことを聞いた。

うちのシャチョウは働かないんです。みんなが大変な思いをして、倉庫の整理している間も涼しい事務所にいるんですよ。倉庫に来ても話しかけるだけで手伝うわけでもないし。なんなら、この忙しいときにゴルフなんか行っていて、現場が疲弊しているんです。

よくある愚痴だが、これはとんでもない勘違いである。シャチョウは、サッカーで言えばプレイヤーではないのだ。監督であるか、GMやオーナーなのだ。監督が試合に出ることは、イレギュラーなケースを除いて、基本的にない。森保監督が一緒にフィールド走るか?

監督がやるべき仕事は、どうやってシーズンで優勝するか、そのためにどうすれば各試合で勝ち点を積み上げられるか、どんな方針でチームの性格を決め、どんな戦略をとり、その戦略を実践するための選手の能力を伸ばし・・・。そういうことだ。

知人がシャチョウはとして怠ったのは、監督の仕事と選手の仕事の違いを伝えていなかったということになるのだろうか。だけど、サッカー選手が言うかなぁ、監督が現場で走らないんですって。そのくらいのことは、社会に出る前に知っておいても良いだろう。なんせ百年以上にわたって、この仕組は経済組織社会に浸透しているのだから。


後日談だが、シャチョウはちゃんと手を打った。シャチョウの片腕が社員にこう伝えたそうである。

この暑い時期に現場の工事ご苦労さん。この業界に暇な時期ってあると思う?ないと思ってるだろ。実は、ほとんどの他社では夏場は仕事がなくて困ってるんだ。当然給料もあがらない。君は実感ないだろう?うちの会社は年中忙しいから。それは、シャチョウが仕事を取ってくるからだってことなんだけど、知らないよね。すまなかった。今の現場も、ゴルフ場で知り合った方からの発注なんだ。

ちなみに、シャチョウは右腕には社員が愚痴ってるから話を聞いてあげて、と言っただけだそうなのだ。なんとも気の利いた右腕だ。そんな右腕なら僕も欲しい。愚痴をこぼした社員は、他社への移籍まで考えていたそうであるが、思いとどまり現在も元気に働いているのは言うまでもない。


シャチョウであれ、メッシであれ、役割はいろいろあるのだ。ただ、自分の視点からは見えない物事があるだけなのかもしれない。まずは、そうやって自分自身の視野の広さを疑ってかかるのも良いだろう。

たいていの組織では、仕事の幅広さは逆円錐の形になっている。上に行くほど広くなり、一番下は点だ。僕やあなたがどの高さにいるかわからないが、上を見上げたときに見えるのは、自分のいる階層と同じ横幅まで。その外側のことは直接尋ねたり想像したりするしかない。

ただ、自分の知らない部分がある。という、そのことを知っていると、会社員としても仕事がやりやすくなるだろうと思う。経営者としても意識して伝えていくということが大切だと気づけるだろうと思う。





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