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感想 まいまいつぶろ  村木 嵐 徳川吉宗の息子9代将軍家重は障害のためまともに話せなかった。彼の通訳を務めた大岡忠光。これは二人の友情物語である。何度も何度も泣きそうになった。これは時代小説の傑作です。

徳川家重と、その用人である大岡忠光の友情と苦難の物語でした。
直木賞受賞作です。

家重というと障害があったため、父の徳川吉宗になかなか跡目を譲ってもらえなかった愚鈍な将軍という印象で描かれていることが多い人物ですが、本書では言葉は話すことができないが有能な人物として描かれている。

家重の正室京の伏見宮の姫、比宮(なみのみや)の家重評が強烈です。

家重様はゆばりをもらしておられた・・・あの尿でございますか・・・お身体にまともなところはなかった。右足は曲げることもできず、横にほおり出されたまま、右手はだらりと横にたらしておいでで、口からは涎がこぼれていた・・・・


しかし、そんな家重に最終的には姫は愛情を抱くようになる。それは家重の優しい性格を理解したからだと思う。


用人の大岡忠光は、あの名町奉行の大岡越前の親類です。
忠光は近臣でも理解できぬ家重の言葉が理解できる男だった。ゆえに通訳として出仕することになる。

吉宗が、大岡越前に話したこの言葉が印象に残っている。


「わしはな、家重があまりに孤独だろうと思うたのだ。あれは、友を作れぬであろう。将軍職は、友がおらねば務まらぬ。だが家重は、友を得た。わしにとっての忠相のような相手をな」


それが大岡忠光でした。

彼は出仕する前に、大岡越前にこう言われました。
若君の耳や目にはなるな、ただ、ただ、口になることだけを心がけよと。

正確に家重の言った言葉だけ、それに私見を加えずに相手に伝える。それが彼の役目でした。
目や耳になるなというのは、自分が見たこと聞いたことを若君に話してはいけないということです。それはたいてい悪口であり、聞いても傷つくだけだからです。

家重は頭が悪いわけではありません、ただ、身体が悪いだけ、言葉が外国語みたいに曖昧で他者に伝わらないのです。それを将軍失格と幕閣のメンバーは考えていました。

通訳が本当に上様の言葉を伝えているのかわからない。

忠光が言っていることが違うかもしれないし、それを証明することはできない。それは悪魔の証明に似ています。これは・・・でないことを証明することです。とても難しいことなのです。

吉宗の前の時代、側用人が権力を握っていた時代がありました。
忠光の役割は、その側用人と似ています。忠光のみが将軍の言葉を理解できるということは、そこに権力が集中したり利用したりできるということです。それを彼らは恐れた。

しかし、師の教えを守り忠光は、はな紙一つですら他人から受け取らなかった。
唯一、彼の特権を利用したのは、死んだ家重の正室の遺言を伝えたことだけだった。

比宮(なみのみや)は死ぬ間際に、都から連れてきた女官に、家重の子を産んでくれと頼みました。それが家重を次の将軍にする援護射撃になると知っていたからです。

忠光は、この亡き姫の遺言だけは受け入れました。目や耳になるなと言われていたのに、耳になったのです。当然、後にこのことは非難されますが、彼は耐えて耐え忍ぶのです。

どんなに責められようが、どんなにバカにされようが忠光は耐えます。自分がいなくなれば将軍は一日たりとも成り立たないとわかっていたから、主君のために耐えました。忠光の半生は、まるでサンドバックのようでした。

そんな忠光も病気になり引退の時がきた。
この家重のセリフは感動的です。


「口がきけずに幸いであった。そのおかげで、私はそなたに会うことができた。もう一度生まれても、私はこの身体でよい。忠光に会えるならば」



何度も何度も泣きかけた。素晴らしい作品です。


2024 2  7
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