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感想 夏物語 川上 未映子 モチーフは、「非配偶者間人工授精(AID)」だが、読んでいるうちに日本が少子化になった理由が見えてきた。

二部構成になっています。
第一章は、2008年夏になります。

前半部分は「乳と卵」という著者の過去の作品と少し似ている気がした。


豊胸手術をしたいという姉。
思春期になりかけの姉の娘。
二人は仲が悪い。口も聞かない。

どうして姉は豊胸手術をしたいのか?
それを考察する部分が面白かった。

人が綺麗さを求めることに理由なんていらないのだから。綺麗さとは良さ、良さとは幸せにつながるもの。幸せには、さまざまな定義があるが、生きている人間はみんな意識的にせよ、無意識にせよ、自分にとっての何かしらの幸せを求めている。どうしようもなく死にたい人でさえ死という幸せを求めている。・・・幸せとは、それ以上わけて考えることのできない人間の最小にして最大の動機にして答えなのだから。幸せになりたい、その気持ちそのものが理由なのだと思う。


姉は不幸な人だからこそ、幸せになりたいという気持ちが強かった。
それが豊胸手術に繋がるのだ。

緑子と姉が卵をぶつけ合うシーンも興味深い。

なんで・・・と吐くように言い、手術なんか・・・、あたしを産んでそうなったんやったらしゃぁないでしょ。痛い思いまでして、お母さんはなんでとまきこに向かって叫ぶとさらに激しく卵を叩きつけた。私はお母さんが心配やけどわからへんし言われへん、お母さんは大事、でも、お母さんみたいになりたくない、そうじゃない。


緑子は手術をするのは自分なんかを産んだせいだと思っている。
この卵のぶつけ合いの激しさの中に、緑子の心の葛藤が見て取れる。

どうして、私なんか産んだのという叫び。
後悔してるなら産むなよという叫びが聞こえてきた。
このシーンは鳥肌が立った

ほんまのことって、あると思うでしょ。みんな、ほんまのことってあると思うでしょ。絶対に物事には、なんかほんまのことがあるって、みんなそう思うでしょ、でもな緑子、ほんまのことなんてないこともあるんやで、何もないこともあるんやで



母親のこの娘に対する回答は素晴らしい。
物事には何か理由があると人は思い込んでいるが、その理由がないこともあるのである。

二人の親子のちょっとした誤解が、この瞬間、解決したように感じた。
思春期の娘の繊細さがよく表現されていて良かった。


第二章、2016年夏から2019年夏

こちらが本書のモチーフになる「非配偶者間人工授精(AID)」が描かれる作品になる。
この物語には、子育てに男の姿が見えない。
過酷な子育ての実情や、義母との確執、いかに、この社会が子育てに適してないかがわかる。


この言葉が印象に残った。
外国のご長寿の女性へのインタビューの話しだ。

長寿の秘訣は何ですかと質問したら、男と一切かかわらないことですと即答してたよ


つまり、女にとって、男の存在は邪魔以外の何ものでもないという女性の本音だ。

彼女たちにとって、家事も子育てもすべて押し付けてくる夫は、ただの給与配達人に過ぎないのだ。

子供を作るのに男の性欲に頼る必要はない。・・・必要なのは、私たちの意思だけ、女の意思だけだ。

とシングルマザーの遊佐リカは言う。

あかんわ、あかん、絶対にあかん、それは神の領域やがな。

と姉はAIDを認めてくれない。




一番印象に残ったのは、AIDによって産まれた善百合子という人物だった。
彼女の思想は受け入れがたいが、妙な説得力があった。

ねぇ、子供を産む人わさ、ほんと自分のことしか考えないの。生まれてくる子供のことを考えないの。子供のことを考えて、子供を産んだ親なんて、この世界に一人もいないんだよ。



自分の生を否定することで辛うじて生きている人なのです。
自分を被害者だと信じている。

「生まれてきたことを肯定したら、わたしはもう一日も、生きてはいけない」



子供の時、血のつながっていない父にレイプされまくった。
河原に連れていかれ、父の友達に輪姦された。

逢沢潤は、祖母にお前は、父の子じゃないと父の死後に知らされて
人間不信になる。そのことを婚約者に告げると婚約破棄された。

ヤンキーの常套句に、いつ、俺が産んでくれと頼んだ というのがあるが、鴻巣 友季子さんの文章にこんなのがある。

実際に最近、インドでそのような裁判があった。当人の同意なく産んだことで、子が親を訴えたのだ。日本では、先々週から「存在のない子供たち」というレバノン映画が公開されている。過酷な毎日を生きるスラムの少年が、「僕を産んだ罪」として両親を告訴する内容だ。


この映画は、自分を産んだ罪があるとして、両親を訴えた12歳の少年…の物語だ。
無職の両親、戸籍のない自分、まともに教育も受けられず、道でジュースを売り生き、妹まで強制的に結婚させられるという生き地獄の日々

それは善百合子の不幸に繋がる。

主人公は、愛する人の精子を提供してもらい。
子を産むという場面で物語は終わる。

この本を読んで感じたのは、子育ての環境が整備されていないという現状だった。
男性の意識改革は当然だが、子育てを支援する施設などの充実も必要だと思う。
お金を配るよりも、もっと子育てしやすい環境を作ることに税金を使ったほうがいいように本書を読んで感じました。


2023 12 4



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