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春のとなり 高瀬 乃一 息子の無念を晴らすため江戸で薬屋をしている盲目の医師とその義理の娘の物語。息子、夫の冤罪を晴らすという目的があるが一つ一つの話しは医師と患者の物語でした。


奈緒は、夫の仇を討つため、義父の文二郎と雪国の信州から江戸へやってきた。 ふたりは暮らしを立てるため、深川で薬屋を営んでいるが、医者である文二郎の元には、 無料でも診てもらえると、病人やけが人が次々と駆け込んでくるようになっていた。


この設定が良い。
主人公は、江戸で薬屋を営む未亡人だ。
義父である盲目の元藩医と暮らしている。

薬屋なのに、患者がやってきて治療する。
患者は貧乏人が多く薬代もまともに払えない人たちだった。

そこには金持ちとは違う理由が存在する。
それが物語の深みになっている。

義父を主人公はこう評している。

命を前にする時、病人も医師も、貧富や男女、老若といった壁はないのだと教えてくれたのは文二郎だった。


そんな奈緒は義父の元で医師の手助けをしている。
盲目の義父の目なのだ。

しかし、彼女の中には一つの想いがある。
それは・・・

夫の命と義父の目の光、奈緒のささやかな幸せを奪った男たちを早く見つけ、罰を与えたいという気持ちだった。

人の命を救うための薬を前に、奈緒は人の命を奪うことを考えている。


本書のモチーフはこれになる。
この葛藤がいい。

いくつかのエピソードの中で面白いと感じたのは、息子を隠して育てている女性の話しだ。
過保護なほど息子の病気に敏感なのに、息子を部屋から出さない女。
そこに人気芸者が深川の町にに戻ってくる。
芸者は子があったが女中に攫われたというのだ。その子の名が隠されている子と同じだった。

誘拐事件と思いきや違った。
芸者の子は死んでいた。女中の子をいつしか自分の死んだ子と錯覚するようになり、それが怖くなり女中は逃げたというのが真相でした。

子を思う母が描かれています。
芸者の心情も母性。
わが子を取られまいという女性の想いも母性。

もう一つは、奈緒の薬屋に隣の古着屋の娘の仲間たちが盗賊に入る話し。
これも面白かった。
古着屋の娘が不良仲間に入ったのは、母が死んだから。
父は医療費をケチり藪医者にまかせたので母は死んだと娘はおもい、医者という生き物や父を恨んでいた。

この真相が胸を打つ。
父も医師も最後まで諦めてはいなかった。
しかし死病だ。どうにもならない。
母は、これ以上、無駄な薬はいらないと拒否した。そんな金があるなら、娘の生活にまわして欲しいというのだ。
その真意を知った時、娘は改心する。

これも母の愛の物語なのだと感じた。

奈緒はこういう貧しい患者たちと触れる間に、生命とは何か、生きるとは何かを考えるようになる。
復讐心だけだった心が、義父の医師としての態度や患者の心に触れて成長し、自らも医師になっていく様がとても好感できました。

もちろん、夫の死の真相も判明し事件も解決します。



2024 5 11
++++



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