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書評 夏美のホタル 森沢 明夫  蛍の描写の鮮やかさ、田舎に生きる母子の優しさ。まるで清流の中にいるような気持ち良さ。

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間違いなく名作です。
たまたまバイクで立ち寄った田舎の雑貨店
そこにいたのは、地蔵さんというあだ名の身体障害者のおじさんと、老年のばあさん
気が合い蛍を見物に、その美しさに魅了される・・・

「来月になったらよぅ、すぐそこの川に、蛍がいっぱい飛ぶんだよぅ。これがまたきれいなんだぁ」 恵三にそう言われたふたりは六月の週末に再び、彼の地を訪れる。
 そこで彼らは都会では見ることができない、神秘の風景を目にした。
 
 川原に立つと、そこはもう別世界だった。 薄闇のなか、三六〇度、ぼくと夏美は緑色に明滅する光に囲まれていたのだ。清涼な川風と、心地よいせせらぎの音、森と水の清々しくも甘い匂い。 そして、蛍、蛍、蛍。

蛍の美に魅了された二人は、ひと夏をそこで過ごす

彼はカメラマンだ。
この土地で良い写真が取りたかった。

いい風景写真を撮るための最低条件──それは、シャッターチャンスの一瞬に、カメラマンが「その場所に居合わせる」ことだ。

彼らは地蔵さんというあだ名の雑貨屋のおじさんの家の離れを借りることになる。

草刈りをしてくれた子供たち
何故か、たんぽぽだけが残されている。
理由を聞くと地蔵さんが好きだからだという。

「ねえ、地蔵さん、たんぽぽが好きなの?」 夏美が訊く。
「うん。好きだよぅ。花が終わっても、たくさんの命を空にふわふわ飛ばせるなんて、なんだか素敵だからよぅ」

この描写が好きだ。
田舎の夏を感じさせる。

気づけば、ぼくは、幾千万もの光の粒の真ん中に立っていたのだ。 やがて一匹のアブラゼミが、高い木の上で鳴きはじめた。すると、それに呼応するように八方の蟬たちが一斉に歌いはじめ、雨上がりの森は一瞬にして「真夏」が沸騰した。


どんなに楽しい祭もいつかは終わる。

「でも、ほんとに……」しんみりと、ため息みたいに地蔵さんが言った。「この夏が、終わらなかったらいいのによぅ」 それは、この場にいる四人すべての気持ちを代弁しているに違いなかった。

このむ気持ち良くわかる。
ここまで読み進めてきた読者は、たぶん、皆、「うん」と頷くと思う。
それほど素晴らしい時間
それがそこにはあった。


「月が目の錯覚で大きく見えるってことを教えてくれたときにさ──」 「うん……」 「地蔵さん、すごくいいことを言ってくれたんだよ」 「え、地蔵さん、なんて?」
「人間ってのは、何かと何かを比べたときに、いつも錯覚を起こすんだって。だから、自分と他人をあまり比べない方がいいって」

これ名言です。

他人と比べちゃうとさ、自分に足りないものばかりに目がいっちゃって、満ち足りているもののことを忘れちゃうんだってさ。俺さ、それって、すごくわかる気がするんだよな」

これも好き言葉

人はきっと、その人生におけるすべての分岐点において、少しでも良さそうな選択肢を選び続けていくしかないのだ。そして、それだけが、唯一の誠実な生き方なのではないだろうか。

死んだ地蔵さんに似た地蔵を店の前に作って欲しいと仏師のおじさんに頼むと
桁が違うと笑われた。
金、払えるのか?
そう彼は問われて・・・
カメラマン志望の彼は絶句してしまう。

「そうじゃねえ。俺が訊いてんのはよ、出世するまで死んでもあきらめねえ覚悟があるかどうかってことだ」


才能ってのはな、覚悟のことだ」 「覚悟……?」 「どんなに器用な人間でもな、成し遂げる前にあきらめちまったら、そいつには才能がなかったってことになる。でもな、最初に本気で肚をくくって、命を懸ける覚悟を決めて、成し遂げるまで死に物狂いでやり抜いた奴だけが、後々になって天才って呼ばれてるんだぜ」

「お前が出世して、金を払えるようになってもらうためによ、ひとつ、いいことを教えてやる」 「は、はい……」 そこで雲月は、少しばかり気恥ずかしそうに下を向き、蓬髪をばりばりと搔いた。 「俺は、一度しか言わねえからな」 「はい」 「神は細部に宿る。だから、爪の先ほどでも妥協はするな──」


あとがきにも名言が・・・


人生は、ひたすら出会いと別れの連続です。 どうせなら、別れがとことん淋しくなるように、出会った人とは親しく付き合っていきたいですし、そのためにも、いつか必ず訪れる別れのときを想いながら、自分の目の前に現れてくれた人との「一瞬のいま」を慈しみたいと思います。 読了、ありがとうございます。

森沢作品は癒やされます。
名言が多いのも評判になっています。
本書は、森沢作品の中でもかなり面白い部類になります。
おすすめです。

2022 3 13




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