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映画 嵐電 京都のローカル電車にリンクさせ、3つのカップルの様子を描き「変化」の意味を問う物語。僕はこの映画が好きだ。

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この映画を見るのは2回目だ。前に劇場で見た。大好きな映画だ。

嵐電は京都ローカルの路上電車で観光地の嵐山に通じている。学生時代、京都の太秦映画村とか嵐山に紅葉を見に行くのによく利用した。僕にとっては馴染みのある電車なので、とても懐かしい。独特の雰囲気のある電車だ。

3つのカップルが登場する。電車の怪談などを本にしている男と遠くにいる妻。映画の撮影に来た役者と、彼に京都弁を指導する弁当屋の店員。鉄道オタクの少年と修学旅行生の恋。

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この二人のシーンはとても幻想的で、たぶん、妻は京都にはいない。仕事で単身赴任であるが、妻の存在が軽くなりつつあるのだ。彼の中に何か昔とは違う変化があったのだと思う。

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俳優の彼とこの女性の恋は切ない。はじめは興味がなかったのに、だんだんと繋がっていく。その変化はとても初々しくて素敵だ。大西礼芳が少し引っ込み思案な女性を好演している。僕は、このカップルのエピソードが一番好きだ。

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鉄道オタクにストーカーする修学旅行生。この二人の恋は切ない。最初は避けていた彼が、だんだん彼女に惹かれていく変化は面白い。最後は狐と狸の幽霊電車を見ると別れるという伝説が関わってくる。「見るな」と叫ぶのは彼だった。それは必死に別れを拒絶しているのだった。

この作品は「変化」をモチーフにした物語だ。人は常に変化していて、好きでなかったのに離れられないくらいに好きになったり、好きだったのに自分が「変化」して存在が軽くなったり、それが人間なのだ。

人は変わったと言われて、はじめて変わったと思うんやろな。自分が変わったのか、相手が変わったのかはようわからへん。

というマスターの台詞がいい。

変わるということは必然なのだが、どこかで変わりたくない自分がいる。でも、変わらずにはいられないのだ。こんな出会いなんかしなけりゃ良かった。こんな気持ちにならなければよかったと「変化」を後悔するのかもしれない。でも、それは違うと僕は思う。人はもっと変化を楽しむべきなのだ。変化とは可能性のことであるのだ。

2020 11/15

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