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私は絶対に大丈夫
絶対なんて、絶対に、ない
先日映画のパンフレットやフライヤーを並べて写真を撮っているとき、ふとある映画を思い出す
映画というより、その映画を観に行った日のことを
2001年春に公開されていた『ザ・メキシカン』
“メキシカン”と呼ばれるいわくつきの美しい拳銃を運ぶ“組織の下っ端運び屋“の彼氏とその道中、騒動に巻き込まれる彼女とどうのこうのというストーリー
ブラッド・ピットとジュリア・ロバーツという超美男美女カップルをスクリーンで見たいよな!と大学4回生のときに友だち2人と河原町あたりの映画館で観ようと約束をした
午前中は別の用事を入れていたが1時間ほどで終わると聞いていたので四条烏丸のビルへと出かけて行った
語学学習を主とするスクールの説明会だか面談だかを受けに足を運んだのだった
もしかしたら同年代の方はピンと来る方もおられるかもしれない
3つの理念を風に例えてどったらこったらという事から名付けられたとか言うその”総合学院“で学べば語学やパソコンスキルを身につけることが出来るとか言うものだったと思う
ビルは四条烏丸にあり、入口で迎え入れてくれた優しそうな小柄な男性の後に続き、通用口のようなところを通って向かった事務所は奥まった場所にあり、その途中にはガラス張りのスタジオのようなところにパソコンがずらりと並んだ”教室“があった
事務所に入る前にパソコンに支障が出るので携帯の電源を切ってくれと言われ、目の前でOFFにして荷物とともに棚に置く
事務所はとてもこじんまりとしており、向かい合わせで座ると頭が触れ合うのではないかという小さな机に座り、3冊ほど積まれたパンフレットに書かれたことを笑いを交えたりしながら『年間たった120万ほど、月に10万でこれだけの教育を受けられる』というようなことを延々繰り返しながら丁寧に説明されるのだが『1時間で終わる?映画間に合う?そんなお金あるわけないやん』と上の空だった
周りも同じような感じで膝つき合わせた二人組がいくつかあったように思う
長く丁寧な説明が続く中とうとう痺れを切らした私は『このあと予定があるので今日はこのへんで帰りたい』と言うと、その男性よりやや大きい胸板の厚いTHE体育会系という雰囲気の男性が現れ、私の向かい側の席についたのだ
色白の平たい族代表から日に焼けた濃い顔族代表へ担当が交代した
ここからまた長い時間、至近距離で『今やらないと後悔する』『月10万を惜しむ君の将来を心配する』『君のためを思って言っているんだ』と緩急や大げさな喜怒哀楽の表現、ちょっと大きい声出したり囁いたり、とにかく間なしによどみなく喋り続ける
距離も近いし体も大きいし、その強い威圧感にどんどんこちらの気持ちは弱っていく
窓もない、時計もない、電源をOFFにした携帯も荷物も自分のそばにはない、外界との関わりの全くない空間で、小さな机を挟んで同じ言葉を繰り返す男の話を聞き続ける
契約しなきゃ帰れないなら、いつまで続くかわからないこの苦しみに耐えるなら、月に10万アルバイトで稼ぐ事のほうが楽なのではないかという考えがぼんやり浮かんだ
その時、それまで周りの声なんて聞こえなかったのに不思議なくらいはっきりと
『男でしょ、キタムラくん!親に相談なんて成人した人のすることなの?みっともない!』
『〇〇(消費者金融の名前)とのローン契約なんてちっとも怖いことではないのよ』
『今すぐ決めたら特別な割引があるから急いでサインをしなさい』
それぞれの担当✕学生の組み合わせが契約に持ち込もうとするやや語気の荒いやりとりが耳に飛び込んできた
映画も観られないし、待ち合わせ場所に来ないし電話の繋がらない事で友だち2人に心配をかけているかもしれないし、パソコンなんてこの部屋にないのに電源オフってどういうこと???
いよいよ、ようやく全部おかしいと思った私は自分でも驚くほど大きな声で『1時間で終わるって聞いたのに!もう待ち合わせにも間に合わない!連絡も取らせてもらえないっておかしくないですか?!』と涙ながらに訴えた
“キタムラくん”や、その他の人たちもビクッとして手の動きを一瞬とめたが、もう、何か書いている。。。
私は荷物を手に押し込まれ、事務所の外の廊下に連れ出され、こう言われた
『君のためを思って我々は有料級の説明に時間を使った。残念ながら君はこのまま変わることは出来なけれど仕方がないね。映画でもなんでも楽しんできてください』
『それと、携帯の電源入れたらそのアドレスに入っている大学のお友だちの電話番号を5人くらい書いたら帰ってもいいですよ』
5時間強最悪な思いをさせられた挙げ句、なんて下品な事を言うのだろう
無言で睨みつけながらも、怒りと恐怖に震える足で逃げるようにビルを飛び出した
泣きながら友だちに電話をかけると、「とりあえず時間潰そうって電話鳴らしながらブラブラしてたけど、心配してたんやで!』と言われた
『その後も予定ないし大丈夫やから一緒に観よう』と言ってもらい映画は予定より遅い時間に観ることにしてもらい、その後ご飯を食べながら話を聞いてもらう事にして急いで映画館に向かった
映画、行ったんかい!
その何年か後に梅田の学院で脅迫だか恫喝だかなんかでニュースになったとき、周囲に「僕も、私も。。。』と、何人も同じ経験している人がいて驚いたし、無事でよかったなと笑いあった
その誰もが、私も含めて『私は絶対大丈夫と思ってた』と口にした
自分が不在時、家族に電話がかかっており学校からの斡旋みたいに言われ、のこのこと参加していた面々だったのだ
なぜ学生課に問い合わせなかったのか、なぜ誰かに相談してから行かなかったのか、なぜあんな変なシチュエーションなのにもっと早く退室しなかったのか、全部もれなく不思議だけれどその時は何も疑わなかったし、なんなら早く楽になりたくて契約していたかもしれない
実際に通って語学や他のスキルが身についた人もいるのかもしれない
今となっては何もわからない
『私は、絶対に大丈夫』なんて考えは、絶対に持たないことと、心理的にも環境的にも逃げ場がないと自分を失う危険性があるということを身をもって知る
しょっぱい思い出
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