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「意志を持って”勝ち”にいく!」と決めたこと。

こんばんわ!隼(じゅん)です。

私事ですが、昨日6/23に無事に32歳になることが出来ました。

まずは健康な体に生んでくれた母親と、

好きなように人生を歩ませてくれた父親に感謝です。

本当にありがとう。


そしてこれまでに出会ってくれた全ての人に感謝です。

本当にありがとうございます!


最後にいまこのnoteをクリックして
僕の拙い文章を読んでくれているあなたに感謝です!

大切な時間を使ってくれてありがとうございます!


今日はいまの自分の気持ちを言語化していければと思います。

誰得でもない、人生描写を含みますが

少しだけお付き合いいただけると幸いです。


これまでの人生をサクッとおさらい<<<<


1990年6月に三兄弟の末っ子として生を享け、

福岡の地ですくすく育った少年は

幼稚園で第一モテ期に終わりを告げ
(海外のラッパーくらい女の子を引き連れてたらしい)

小学校で物心ついた頃(小3)に野球を始める予定が

仲のいい友達の親にバッシュとボールを購入されて

数日後には学校の体育館でバスケットをしていました。
(何の反抗もせずにすんなり受け入れれる精神。どした)

結局バスケットは小・中学校とキャプテンを務め

バスケに強制入部させた親子はいつの間にか撤退してました。
(今では大好きなスポーツです。きっかけをくれてありがとう)


高校は公立一択だったので、

バスケの強い高校を探して受験しました。

中三の夏に塾の先生から言われた

"志望校のランクを落とそう"の言葉には

明確な嫌悪を持って、真っ直ぐに反抗し、

結果として志望校に合格することが出来ました。

自分の性格を知った上で、鼓舞してくれた先生に感謝です。


高校生活はバスケ一色!
スター選手として第二モテ期を楽しむ予定が、
体験入部で強豪校の圧に心が折れて辞退。

自分で決めたくせに帰りのバスで人目もはばからず号泣。

あの日、人生で初めて"挫折"を経験したと思います。

兄ちゃんに買ってもらったバッシュや

父さんに名前を書いてもらったボールを見て

「自分はダメな人間だな」って落ち込みました。


それでもバスケを諦めきれなかった僕は

母校の小学校でミニバスのコーチになり

教えた子達が中学になる時に社会人チームを作りました。

画像1
友達と一緒に社会人バスケチームを結成

小学生だった子達が中学生、そして高校生に。

僕が経験できなかった高校バスケは教え子の子達が連れってってくれました。
(あの日の後悔を清算してくれた瞬間でした)

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僕が上京することになりチーム解散する形になった(総勢40人くらいいた)

おっと、時系列が歪んできたので元に戻ります。


高校でバスケをしなかった僕はバイトとバスケ三昧の毎日を過ごし

高三で付き合っていた年上の彼女の家で

エレクトーン(電子オルガン)に出会いました。

中学くらいから詩を書くことが好きだった僕は

「この詩にメロディーをつけて曲にしたい」

彼女から鍵盤の弾き方を学び始めました。


そこでスイッチが入ってしまった少年は

就職することを蹴り、親に頭を下げ

音楽の専門学校へ行くことを決めました。
(商業系の高校だったので簿記1級も持ってたのに。。)


音楽の専門学校での話は濃ゆすぎて書ききれないので

割愛しますが、この時期に初めて"人を認めること"を学びました。


歌が上手いわけでもない。楽器ができるわけでもない僕は

人を否定して、自分が頑張らない道を選び逃げていましたが

前に進むためには小さなことの積み重ねと

人を認め、素直に力を借りることが大切だと知りました。


専門学校を卒業して有名になるために

自主制作のCDを作り手売りして、
(アルバムの名前はMUSIKER-ムジカー)

集客できないLIVEを繰り返しては、バイト代を減らしていました。

※こんな感じで曲を作ってたよ

家族や兄弟からもたくさん意見を言われながら

自分には才能がないのかなと落ち込むことも多かったです。


23歳になる時に、大好きだったケツメイシ主催の

オーディションがあることを知りました。

迷わず応募した僕はなんと三次審査まで残り、

大好きなケツメイシの前で歌唱審査を受けることなりました。


しかし結果は、


人生で初めて過呼吸になり、

歌うどころか喋ることもままならず不合格。


本当に自分は何も成すことが出来ないんだと絶望しました。


そこで一度音楽に区切りをつけ、定職に就くことに決めました。


ここから社会人生活が始まるのですが、

だいぶ間伸びしてきたので箇条書きでまとめます。

・ベンチャー企業に入社し正社員になる
・今までのバイト代の3〜4倍の収入を得る
・分かりやすく生活水準を上げる
・初めての一人暮らし、使わない家具が増える
・入社後1年と経たずに店長(管理職)を任される
・自分より優秀な人達をマネジメントする側になり上手くいかない毎日に落ち込む
・東京に出来た店舗で働くことになり上京する
・何も考えずに生活水準を上げる
・毎晩飲みの場に足を運びはめを外す
・気づけば複数枚持ってたクレカがどんどん解約(お金の失敗)
・しゃかりきに働くが給料上がらない
・不満を持ち始め自分はもっと稼げると過信する
・意気揚々と転職するが失敗(至極当然)
・本当に家賃払えないレベルまで追い込まれる
・家族や友人に頭を下げお金を借りる
・仕事を掛け持ちしながら働き続け体調を崩す
・一時的にニート生活(失業保険)を経験する
・再就職してみた広告営業で一日16時間労働(結果出ない)
・上司に年末の忘年会で髪をハサミで切られる(パワハラ)
・1ヶ月程度会社と揉め休業するが生活のために復帰
・コロナが始まり会社の業績悪化
・上司面談でモチベーションが上がらないと伝えると翌日クビ

はい、凄く雑にまとめちゃいましたが

こんな感じの社会人生活トピックでした。

いろんな意味で刺激的な20代を過ごしたと思います!


ここから先は僕のnoteを読んでくれた方はご存知の通り、

自分の会社を立てることに決めました。

このnoteをきっかけに、

多くの人にご支援いただき、会社を設立するための

三十数万円を集めることができたのです。


人それぞれに魅力的なストーリーがあること。


長らく僕の人生描写にお付き合いいただきありがとうございました。

僕も書いてて笑けてしまいました。


ここまで32年、

中学生の頃の僕が知ったら、大分落ち込む未来かも。


でも僕はいまめちゃくちゃ幸せです!


バスケットでNBAのスター選手にはなれませんでした。

音楽で誰もが知るメジャーアーティストにはなれてません。

社会人として誰もが憧れる素敵な上司にもなれませんでした。


それでも僕はいま幸せです。


挫折して、諦めた時、悔しい日々を積み重ねて

誰かと比べては落ち込んで、まだ出来ることがあると

もがいた時間も全て今に繋がっています。


もちろんまだまだこれから。


ただ、

いまの想いはここに残しておきたい。



LIFE is Contents-人生はネタだ-


誰もが産声を上げてから今日までに

たくさんのストーリーがあると思います。


どうしても人の人生を映し出してしまう時代だから

比較しては落ち込むことがあると思います。

僕も同じように比べていました。


でもさ、

あなた以外あなたの人生を歩めないことは事実で

あなた以外の誰も、あなたの人生の責任は取ってくれません。


だから誰かの言葉(それが家族や恋人であっても)を

間に受けて人生のタイトルにする必要はないと思います。


他人の人生に無責任な意見を言ってくる人は多いです。

でも気にせずに、自分の口から自分の人生を語ってください。


だってそれが活路になるから。

誰も真似できない人生の語り部は自分しかいないから。


コロナが始まって、本当の意味で詰んだなと思った時に、

素直に全てを発信してみたら、多くの人が助けてくれました。


その時に「何とかなるかも」と心から思えました。


本音(裏アカ)は隠して建前(本アカ)で生きることが当たり前になった時代だから

腹の底にある言葉に価値がある。

だから何者かにならなくてもいいから、素直になってみてほしい。


嘘はいつかバレるからね。#めくられる時代


いまnoteを書いてる方はぜひ #LIFEisContents のタグで

自分だけの人生について語ってみてほしいです!

必ず見に行きます!そしてコメントもします!


意志を持って"勝ち"にいく!

長々とnoteを書いてしまいましたが

そろそろ終わりに向かいたいと思います。


僕には僕の人生があって

あなたにはあなたの人生がある。


無理に共存しなくて良いし、

インスタントな共感を得るための嘘はご法度です。


だからきっと人生は都合よくなんか行きません。


ダメで元々だし、擦り傷を作り続ける日々が自然です。


だから僕は生きたいように生きるし、

好きな人と好きな時間を過ごしていきます。


そのために自分ができることを積み重ねて、

しっかりと結果を出していきたいと思います。



属することから離れて、

自分の事業で食べていくことは簡単じゃないです。

会社に守ってもらえてたんだなって今は思います。


全てを自分で決定していけることは

自由に見えるかもしれないけど、

全ての決定権を持つことがいかに不自由なのかを

やってみて初めて知りました。


無秩序だからこそクリエイティブになれるけど、

実力がなければ生み出し続けることは出来ません。


いま僕が思うことは、

世界に試されてるということです。


あの日決めれなかったシュートのように

あの日過呼吸で歌えなかった曲のように

あの日助けてあげれなかった同僚のように


自分に力がなければ、前には進めません。


悔しい時間に終わりはないし、

今日できなかったことが明日できる保証もない。

そもそも都度答え合わせできるようなものでもない。


だからこれからも自分を信じようと思います。

きっとどう転がっても価値があるから

全力で走ってみようと思います!自分らしくね。



長くなりましたがここまでnoteを読んでくださりありがとうございます!

気づけば書き始めて4時間経ってました。。笑

まだまだコンパクトにまとめることが出来ず反省。


読んでくれた方の心に少しでも何か響けば嬉しいです。

ぜひこちらのnoteにいいねやフォロー、

#LIFEisContents をタグつけしてnoteを作成いただければ

必ず見に行きます!(時間がかかっても見つけ出す!)


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今後の活動の励みになりますのでよろしくお願いします!

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