第346回/SHURE M44とV-15 TYPE3の交換針を比べる試聴会をやった1月[田中伊佐資]
●1月×日/昨年、静岡県の袋井市にある「ライブ&カフェ マムゼル」のマスター川村文久さんから「レコードやオーディオのトーク会をやりませんか」とお誘いを受けた。なんでもお客さんのなかでそれを企画している方がいるらしい。
僕は声がかかればどこでも喜んで参上するが、生々しい話をすると、問題はギャラだ。高額をふっかけているのではなく、支払うスポンサーがいないのだ。普通オーディオのイベントで行う場合、メーカーなどが宣伝・広報活動の一環として支払っている。
今回は入場料でまかなうしかない。「タダが普通なのに、自分の話においそれと金を払う人なんているのか」という不安は大きく横たわっている。
しかしまあ声をかけていただいた以上、これもなにかの縁だ。ぜひやりたい。それに「マムゼル」は昔から名前を知っていたが、行ったことがなかった。入場料などの外枠はマスターとそのお客さんにお任せすることにした。
少し経って「タイトルは“ジャズ・オーディオ新春四方山話!”。予約限定15名。料金はお飲み物+小菓子付で2500円としました」と連絡があった。どうか2000円分以上の飲食を出していただきたい。
トーク会はただレコードをかけて、あれこれ解説するだけなら、僕の付け焼き刃の知識では退屈だろうと思う。ましてや今回有料なのだ。そこで昨年12月に「ハードオフオーディオサロン吉祥寺」で行ったSHURE M44とV-15 TYPE3の針交換比較試聴をやることにした。というか僕の持ち芸はそれくらいしかなく、また弁当箱1個の荷物で済むのはとても都合がいい。
マムゼルはプレーヤーやアンプなどが複数あり、いろいろ組み合わせてジャズを楽しめる。今回はプレーヤー=テクニクスSP-10MK2、アンプ=マランツ #7/#8、スピーカー=JBLオリンパス S8R +ホーン/レンズ2395hといったシステムだ。
店にあるレコードは1950~60年代くらいのモダンジャズが主流で、CDを含めるとレコードは約5000枚もある。ということで、もし古き良きヴィンテージ・サウンドであるなら、聴き比べをするにはその特徴が強すぎて差が出にくいのではないかと危惧していた。
そこで店に入ってまず、持参したレコードから新しめ(2007年)のハービー・ハンコック『リバー』をかけてみた。きっちりと良質な現代サウンドが出てきて、川村さんはさすがにうまくオーディオをチューニングしている。
僕を呼ぼうと酔狂なことを考えた店常連の豊田さんは、やはりジャズ、レコード、オーディオが好きで初めて会ったような気がしなかった。
開始時刻が来るとトーク会は定員で埋まり、3~4人の車座談義にならずに済んでひとまずほっとした。
試聴はまずV-15 TYPE3から始めた。豊田さんが持っていた初期型をお借りして、最初の針はシュア製ノーマルのVN35HE。続けてJICOのベイシーモデル(ジャズ喫茶ベイシー店主菅原正二さん監修)、同じくJICO社製ウッドカンチレバーの黒柿、中電製のプロトタイプなどを聴いていく。
曲はミシェル・ルグランの78年作『ジャズ・ルグラン』US盤のジェリー・マリガンをフィーチャーした「マラガン・シチュー」。
僕はM44もそうだが木製カンチレバーのしなやかな響きが好きで、ここでも黒柿が気持ちよかった。
中電製は、まだ最終の音決めができていないプロトだったが、まるでM44のような押しの強い爆音系だった。これではTYPE3じゃないと嘆く人もいるだろうし、TYPE3がパワーアップしたと喜ぶ人もいるだろう。製品版の登場が楽しみだ。
M44では白ボディのオリジナルモデルを使った。曲はケニー・ドリューの74年作『ダーク・ビューティ』から「ラン・アウェイ」。
僕が持ってきたのはオランダ盤で、本家デンマーク盤のほうが音がいいかもと言ったら、川村さんがすぐに店の棚から出してくれた。針の話へ行く前に両盤を聴き比べると、デンマークのほうがまとまりはいい。みなさんに挙手してもらうと6対4くらいでやはりデンマークの勝ちだった。
白ボディに付属していたN44-7の針は、60年代の製造と古いためなのか個体差なのか、音は太いがちょっと歯切れが悪い。『ダーク・ビューティ』に合わない。これが80年代以降のわりと一般的に入手しやすいシュア製針になると、僕が思っているエネルギッシュな44らしいジャズになった。
JICO社のウッドカンチレバー・シリーズの黒柿、牛殺を聴くと中高域がみずみずしい前者、中低域に力がある後者という感じでこれはどちらが上とか判断ができない。個人的にはベースやバスドラなど低音楽器が好きなので牛殺が好きではあるが。
ちょっとした余興でシュアM91EDにこの44牛殺を付けてみることにした。TYPE3の針は他モデルと互換性がないが、44はそれができる。
がらっぱちな44に比べたら91は優等生のため、自宅ではそれほど出番がなかったのだが、ここではシステムにハマったのかすごく良かった。
お客さんの反応もよく「黒柿も聴いてみたいです」とリクエストが来たほどだ。この音も黒柿の特徴がよく出ていた。
事前にツイッターで「ご自分のカートリッジをお持ちください。飛び入り相撲大会をやりましょう」と声掛けしたところ、カートリッジケースにずらりと並べたコレクションを持ってきていただいたお客さんがいた。そのなかで僕は初代のV15(TYPE1)を選んだ。実はこれにも44の針が装着可能なのだ。M44とV-15がテーマの会で両者が合体し、ちょうどお開きの時間となった。
ところで「マムゼル」にはお客さんから委託されたレコードの販売コーナーがある。名古屋からわざわざいらした方から「パタパタ漫遊録のYouTube見てます。田中さん、同じようにぜひサイコロを2個振ってください。出た目の予算でレコードを買います」と声をかけられた。
観てくれてうれしいなあと思って振ると、なんと6と6が出た。これまで僕が出したことがない最高予算の12000円だ。そんなに使わせて悪いような気もしたが、「よぉし」と喜んでもらえた。
ということで下の写真が購入レコードです。いやあ、とても佳い一日でした。
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※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)
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東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter
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