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第344回/2022年にシクじったレコードを振り返った12月[田中伊佐資]

●12月×日/年末になると、何につけ多くの雑誌はその年を振り返る意味で「なんとかベスト10」、オーディオだったら「なんちゃら賞」とかで誌面を賑わす。僕もそれに見習って、その年に聴いて良かった盤のことをこのコラムでも総括してきた。たとえば2021年の第280回とか2022年の第316回とか。
 それを読者がレコードを買うときに参考にしていただけるのであればありがたいが、記事としてなんだかありきたりではある。
 それよりも買ったけど見込み違いで、これはシクジっちまったなあといった話のほうが、他人の不幸は蜜の味で面白いはずだ。そんなことで2022年に買った個人的残念盤に無理やりスポットを当ててみたい。

左から
What's Going On/Marvin Gaye、South Side Soul/John Wright Trio、
Africa/Pharoah Sanders、Jesse Frederick/Jesse Frederick

 好きな曲だったらLPだけでなく、シングルでも聴きたいと思うのが人情だ。どうせなら7インチではなく、もし存在するならば12インチのほうが物理的にも音がいいはずなのでつい欲しくなる。
 宮崎県の都城にある「OVER AND OVER RECORDS STORE」で、スティーヴィー・ワンダーの「Happy Birthday」と「Sir Duke」がカプリングしてある45回転の12インチシングルがあった。
「MOTOWN DISCO」とジャケットに書かれているシリーズの1枚で、これに限らずいろいろな曲をショップやネットで見かけることがある。公式盤が出た何年後かに作られたなかなか胡散臭いものだが、この2曲は好きなので試しに買ってみた。
 音はエンジニアがディスコ用として脚色しているのだろうが、実に低音がズドンと来るファンキーなものだった。放埒ではあるが、オリジナルのLPにはない別の魅力がある。
 ジャケットがダサくてスルーしていたが「MOTOWN DISCO」シリーズの音は侮れないなと思って、次にマービン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」を買ってみた。4分足らずの曲なのに12インチの片面全部を使ってカッティングしていて(タイトル写真を参照)、この音が悪いはずがない。
 人とレコードは見かけによらないわけで、確かに音圧はすごかったものの、低音がドボドボで、マービン・ゲイの声も別人のように野太い。ディスコのフロアだったら映えるだろうが、部屋でじっくり聴く気にはならない。
「MOTOWN DISCO」シリーズはおおむね価格は高騰しておらず、火がつかないうちに入手しておくかともくろんだが、ディスコ・ミックスを聴こうとすることは、邪道だった。ただ「ホワッツ・ゴーイン・オン」は5ユーロ。金額的にはさほど痛手ではない。
 しかしジョン・ライト・トリオの『サウス・サイド・ソウル』は痛恨だった。モノラルのオリジナルだったから、金額は張る。僕は購入価格帯として1万円以下を許容範囲のグリーンゾーン、2万円以下をそのへんにしとけのイエローゾーン、2万円以上をもうやめとけのレッドゾーンと考えるようにしていて、これは完全にレッドへ踏み入れていた。
『サウス・サイド・ソウル』はいまから17年前にあるマニア宅で聴かせてもらったことがある。JBLのランサー101から飛び出てきたその音は、どんな巨大システムでも一蹴できると思えるほど素晴らしかった。ゴリゴリの突撃力は、生演奏では出せないジャズオーディオのイリュージョンがあった。しかもそのレコードは再発盤だったから余計にびっくりだった。
 eBayでオリジナルを見つけたとき、そのことが記憶の奥の奥から蘇った。よく知られた名盤オリジならレッドゾーン突入はやむを得ないが、これは地味盤だ。これを買うんだったらもっと有名盤のほうがいいのではないか。そんな下世話な気持ちも無いことも無かったが、誘惑には勝てずクリックした。
 到着してわくわくしながらさっそく聴いてみる。なんじゃコレだった。あの時に感動した音がまったく出てこない。ギラギラとした殺気がない。理由は実に簡単で、オーディオシステムの差だった。ランサー101はそれだけツボにはまった往年のジャズに特化した音だった。
 さらにいえば、もしかすると記憶内でイメージがどんどん増幅して、とんでもないジャズサウンドの大巨人になっていたのかもしれない。まあいくら考えても仕方ないのだが、レッドゾーン盤のわりには目算が外れた。金を払って夢を買ったつもりが、夢を失ったのだった。
 それを言い出すと音で失望したレコードは結構あるものだ。
 ファラオ・サンダースの『アフリカ』は87年に出た初盤を持っていたけど、2019年のボーナストラック2曲を追加した2枚組が未開封で売れ残っていて、収録時間に余裕があるなら、音はそれなりに良くなっているかもと淡い期待が抱いて買ってみた。残念ながら初盤の勢いはそこにはなかった。
 シンガーソングライターのジェス・フレデリックが73年に出したデビュー盤『ジェス・フレデリック』はトッド・ラングレンがミキシングに関わり、ボブ・ラドウィックがカッティングしている。音は間違いないと見込んだが、音圧はあるものの低音がもさっとしていて僕の好みではなかった。
 というような愚痴みたいなことをこぼしていくとキリがない。やっぱり「ベストなんとか」でないと話が締まらないことをここまで書いてやっと気づいたので、想像していた以上に音が良くて「やったぜ!」と2022年に歓喜したレコードの何枚かを記しておきます。順不同です。

Time & Tide/Basia
Easy Does It/Marc Hemmeler
Getting To The Point/Savoy Brown
ライヴ・イン・トーキョウ/ゲイリー・バートン
Someday At Christmas/Stevie Wonder
Hammond Tales/Ingfried Hoffmann
Takachiho/Hiroshi Watanabe

左から
Time & Tide/Basia、Easy Does It/Marc Hemmeler、
Getting To The Point/Savoy Brown、
ライヴ・イン・トーキョウ/ゲイリー・バートン

(2023年1月23日更新)   第343回に戻る


※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)


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田中伊佐資(たなかいさし)

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東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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