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第343回/オーディオは「何を使うか」より「どう使うか」その(2)[炭山アキラ]

 腕に覚えのオーディオマニアには釈迦に説法のシリーズ、当欄の第335回では主にスピーカーのセッティングについて語ったが、その次にノウハウ次第で音を生かしも殺しもするのはアナログ周辺であろう。

 かてて加えて、カートリッジやヘッドシェル、シェルリードなどはオーディオ機器の中で最も気軽に購入できるジャンルだから、何度も買ってきては「何だ、音悪いじゃん」とすぐ諦めてしまってはいないだろうか。それですぐ手放してしまう前に、もう一遊びしてみてはいかがだろう。

■物価高の世にあって健在の廉価カートリッジ

 少しだけ余談を。うっかりカートリッジを「気軽に購入できる」などと書いてしまったが、昨今のとりわけハイエンド・カートリッジはとてつもない価格のものが増えている。ハイエンドとなれば入り口が30万円から、というから尋常ではない。さらに、100万円を超えるカートリッジも今やさほど珍しくないのだから、30年以上前に8万5,000円のビクターMC-L1000がどうしても買えなかった私にしてみたら、もう天を仰ぐよりほかはない。

マイソニックラボのエミネントGL。
同社で最廉価のカートリッジだが、税抜き35万円になってしまった。
あとは第339回で紹介したオーディオテクニカAT-ART20をはじめ、
このクラスには世界の銘品が踵を接する。

 それでもアナログの世界は廉価カートリッジが根強く開発・生産され続けているのがありがたい。MM型ならシェル込み1万円+税で買える製品もあるし、MCだって何とか3万円台からその魅力を楽しむことができる。しかもその両者、それぞれに各方式の旨味を味わわせてくれるのだから、決して侮ってはならない。もちろん解像度やレンジの広さなどは高級カートリッジにかなわないが、それでもピュアオーディオ・クオリティを持つことは私が保証しよう。

廉価MMを数多く開発・生産する中電には、シェル込み1万円+税のMG-2805Gもあり、
そちらもなかなか侮れないのだが、ここではちょっとだけ兄貴分のMG-3605を紹介しようか。
とてつもないパワーと張り出し、ガッツを有する稀なキャラクターで、
どんな音楽も力こぶを入れて演奏してくれる逸品だ。
お値段も9,000円+税と至って廉価である。
現在新品で購入できるMC型としては最廉価のオーディオテクニカAT-OC9XEB。
何と2万9,000円+税という、同社でなければ実現し得ない価格である。
スタイラスを接合の楕円針にするなど、さまざまなコストダウンが図られているのは事実だが、
それでもMCらしい抜けの良さと音数の多さ、
同社らしい端正さを十分味わうことができる。

 例えば、そうやって買ってきたカートリッジが意に染まぬ音を出しているとしよう。あなたはそれらにどれくらい調整の労をかけてやっているだろうか。

■MMは負荷容量を調整したい

 それがMMだったら、まず負荷容量を調整してやりたい。主立った社の製品から適正容量の値を抜き出してみると、オーディオテクニカのVMシリーズは100~200pF、オルトフォン2Mシリーズは150~300pF、シュアV15タイプIIIは400~500pFとなっている。負荷容量が適正より大きめになると中~高域が持ち上がって耳障りになり、低めになると高域特性にうねりが出て音が不自然になる傾向がある。

 もっとも、フォノケーブルやフォノイコの内部からも容量性は付加されてしまうから、メーカー発表の数値より低めに設定した方がいいという説もあり、この辺りに絶対の正解はない。もしあなたがお使いのフォノイコが容量を細かく調整できる製品なら、ご自分の耳で最もしっくりくるポイントを探されるのがよいだろう。これこそがアナログの楽しみ、醍醐味ともいえるものだ。

昨今はMMの調整機構が充実したフォノイコがめっきり少なくなったので、
オーロラサウンドの唐木志延夫代表が一計を案じた。
フォノイコの前へ挿入して入力インピーダンスと容量を調節できるアダプターAFE-10だ。
容量は+0~470pFの6段階、負荷インピーダンスは900Ω~47kΩの6段階に切り替えられる。
後述する高出力MCをMMポジションへ接続する際にも重宝するだろう。

 中には、オーディオデザインのフォノイコのように「負荷容量をマイナスする」ポジションが設けられた製品もあり、私もぜひ一度借り出してテストしてみたいと考えている。同社の大藤武代表は正攻法の音質改善を突き詰めるため、時に奇策とも思える、実は理に適った手法を編み出される。要注目のエンジニアである。

オーディオデザインのフォノイコDCEQ-200。
MCは8パラFET構成のヘッドアンプを内蔵の全段バランス構成、
MMは-100pF~+300pFの連続可変という画期的な負荷容量調整機構を持つ。
50万円+税と決して廉価な製品ではないが、
それ以上の内実を持つ製品であろうと強く感じさせる。

 なお、エンパイアの4000シリーズなど、一部のMIやIMなどを含むMMタイプは負荷インピーダンスも一般の47kΩより高め、もしフォノイコに設定があるなら100kΩで受けると高域がよりスッキリと伸びる傾向があり、こちらもぜひ試してほしい項目である。

エンパイア4000D。
同社のカートリッジというと図太い低音で豪快に描き上げるというイメージが強いが、
100kΩで受けてやると高域方向が伸びて
意外と帯域バランスの良いカートリッジだったことが分かる。
もちろん素性の良さを損なうことはないから、
4000シリーズを所有されている人は、ぜひ試してみてほしい。

■MC調整の"キモ"は負荷インピーダンス

 ならばMCはどうか。こちらはまさに負荷インピーダンスの調整が死命を制するといってよい。そうはいっても公表されているカートリッジの内部インピーダンスとフォノイコの負荷インピーダンスの値を合わせればいいというものではない。ほぼ例外なく、内部インピーダンスより高い付加インピーダンスで受けてやる必要がある。

私が現在愛用している英iFiオーディオのフォノイコiPhono3。
底面のディップスイッチはわれわれ中高年には度の強い老眼鏡を要求するが、
MCのインピーダンスからMMの容量、新旧RIAA切り替えに、
果ては本体前面のスナップスイッチでDECCAとCOLUMBIAのカーブを選ぶことができるなど、
慣れれば本機ほど調整範囲が広くカートリッジとレコードの持ち味を発揮させやすい製品は、
少なくとも同クラスには見当たらない。
音質も前作から明らかに解像度と実体感、品位を増し、
まさに正常進化版という趣だ。

 実際に負荷インピーダンスを内部インピーダンスと近い値で受けてしまったらどうなるか。どれくらいの値にもよるが、概して高域が早めにロールオフし、低域にやや量感と力感はつくものの、MCならではの伸びやかさや切れの良さ、華やかさは失われてしまう。

 しかし、その音をもって「穏やかで安定した音」と捉える向きもあり、その音質傾向が好みであればその人にとってはそこが正解ともいえるわけだ。そこがアナログの面白くも恐ろしいところで、何が正しいといい切れない項目でもある。

 だが、そこは考えどころでもある。例えばあなたが購入されたMCカートリッジが、普通に設定して使っているとどうにも高域が華やかすぎて、あるいは切れ味が鋭すぎて好みに合わないとする。ならばセオリーより低めの負荷インピーダンスで受けてやれば、そのカートリッジがあなたにとって好ましい音に大化けする可能性もある、ということだ。本当にアナログというのは面白いものだと思う。

■正解がないからこそ面白い

 それでは、どれくらいの負荷で受けてやるのがセオリーなのか。それがまた人によってまちまちだから一筋縄でいかない。大体内部インピーダンスの数倍~数十倍で受けている人が多いような印象を持つが、ある同業の先輩は「カートリッジはできるだけ高いインピーダンスで受けた方がいい結果が得られやすい」とおっしゃって、ほぼすべてのMCを1kΩで受けておられるし、それは一つの主張として私も理解できる。煎じ詰めれば人それぞれ、繰り返すが自分の好む音が出ていればそれが正解ということである。

 ちなみに私は数倍~十数倍で受けていることが多いかなという気がする。個人にしても幅があるのは、前述した通り手持ちの、あるいはテスト用のカートリッジを可能な限り自家薬籠中へ収めるための調整幅と思っていただいて差し支えない。

 また、デノンDL-110に代表される高出力MC型は、本来フォノイコのMMポジションで受けて使えるように開発された製品群だが、内部インピーダンスが100~200Ω近辺のことが多く、個人的に47kΩでは少々受けが高すぎるのではないかと感じている。もしあなたがお使いのフォノイコに1kΩ受けのポジションがあったら、一度試してみて損はない。

かつては多くの社が発売していたが、
今となっては珍しくなってしまった高出力MCの代表が、このデノンDL-110であろう。
アナログ全盛期からの生き残りで、当時の廉価MCの一員だった。
何といってもMMポジションで使えるMCという触れ込みだったから、
私を含め多くの人間はMMポジションで使い、
少なくとも私は「ちょっと音が細くて低音の量感と力感に欠けるな」と感じたものだ。
本機の内部インピーダンスは160Ωだから、
一部のフォノイコに存在する1kΩ受けや前述AFE-10が有する3.6kΩ受けなどを試してみると、
音質が一変する可能性がある。
わが手元にDL-110がないものだから、他力本願で申し訳ないが、
どなたか実験してみていただけないだろうか。

■ヘッドシェルでも帯域バランスは変わる

 とはいうものの、昨今のフォノイコライザーは一部本当に調整項目が少なく、カートリッジ個々に特性を合わせてやるのが難しい場合もあるが、そういう時は他の場所でもいろいろ音を自分の好みへ近づけることができるのがアナログのいいところといってよいだろう。

オーディオテクニカAT-PEQ30。
2万2,000円+税でMM/MCの両方が再生できる驚異的なフォノイコである。
受けインピーダンスはMMが47kΩ、MCが120Ω固定だが、
よほど特殊なカートリッジ以外は意外とこれで何とかなるものだ。
音も低域方向が少々軽めだが、そこそこ以上の解像度と音場感を持つ。
侮れない製品である。

 具体的には、カートリッジとヘッドシェルの相性によって、かなり大幅に音質と帯域バランスを変えることができる。例えば、ややハイ上がり気味のカートリッジには重量級のシェルを組み合わせてやると、低域方向にどっしりと力がつき、高域は若干穏やかな方向へ振れる。同様に、高域の伸びに若干不満のカートリッジには軽量級のシェルを組み合わせてやれば、スピード感が増して高域方向の伸びやかさも向上する。

 ちなみに私個人は、そういう特性を重々承知の上で、できるだけ軽量のヘッドシェルを使うようにしている。わが偏愛する変態ソフトを十全に生かすためには、高域方向の伸びやかさと全域のスピード感が何よりも大切で、それが失われる方向へ少しでも進まないように装置を躾けているからである。低域こそ重量級シェルには及ばないが、他のノウハウでそこを補うことはさほど難しくない。

わが愛用のテクニカVM470MLはヘッドシェルAT-LH13(13g)に、
AT33PTG/IIはAT-LH15(15g)に取り付けている。
13の方がブレードが短いことがお分かりになるだろうか。
そのために大きな33はLH13への取り付けが大変難しく、仕方なくLH15へ取り付けている。
LHシリーズは他に18gのLH18もあり、それはそれで豪快なパワーを聴かせるシェルなのだが、
本文中で解説した次第により、テスト用の1本を残してわが手元からは旅立っていった。

 残念ながらというか、わが絶対リファレンス・カートリッジのオーディオテクニカAT33PTG/IIは、同社の軽量級シェルAT-LH13ではなく同15に取り付けている。これは単に33が大ぶりなキャラメル型ボディを持ち、ブレードの短い13や11へは取り付けるのに大きな労苦を伴うからというに過ぎず、そのためにちょっとだけ優しくなってしまった音へ毎回僅かな寂しさを覚えつつ、音楽を聴いている。

 もちろんこれはわが「変態オーディオ」のセッティングであるからして、万人へ薦めるものではない。皆さんはそれぞれご自分の肌に合うポイントを見つけていただきたい。

■トーンアームの調整を崩す!?

 今時ヘッドシェルもお高いものが多く、特にカートリッジを多数所有されている人は、なかなか全部の個体に対して適切なシェルをそろえるのは難しくもあろう。そんな時はトーンアームの調整で帯域バランスの変化を試してみよう。

トーンアームを尻上がりにすると、ローブーストでハイ落ちになる傾向がある。
写真でも明らかに分かるくらい大袈裟に軸を上げているが、
実際はほんの僅かな違いでも結構音質の変化として表れるから、
少しずつ試していってほしい。

 一般にトーンアームはカートリッジを取り付けてレコードへ針を落とした時点で水平になるよう調整するものだ。その水平バランスをあえて崩すことで音質を調整するのがこの手法だ。具体的には、水平よりも軸の部分を高くする、即ち尻上がりにしてやると、再生音はローブースト/ハイ落ちとなる。逆に尻下がりにするとハイ上がり/ロー落ちになるという塩梅だ。この手法は結構音質の変化幅が大きく、しかも連続可変に試すことが可能だから、意に染まぬ音のカートリッジを調教するのに大変有効な方法論といえるだろう。

今度は尻下がりにしてみる。
その昔、SPUを買ってすぐの頃にどうも高域方向が伸び切らず、
思い切り尻下がりにして音を出してみたら、
あのSPUがキンシャンと金属的で耳障りな音になって閉口したことがある。
改心して真面目にエージングを進め、とある大先輩に教わった
「夏場にエアコンを切って窓を閉め、1日鳴らし続ける」
という修行のようなエージングを行ったところ、
見事音がほぐれて満足すべき音になったものだ。

 いろいろなカートリッジの調教法について記してきたが、幸いわが家ではそのすべてについて実験できる装置がそろっているから、やりたい放題できている。しかし、例えばストレートアームをお使いの人はヘッドシェル交換によるチューニングは不可能だし、前述のような調整機構の少ないフォノイコなら受けインピーダンスや容量を合わせることは難しい。廉価なプレーヤーはアームの高さ調整機構がついていないことが多く、こうなると尻上がり/尻下がりの調整は絶望的だ。

 しかし、よほど運が悪いセットを除けば、これまで書いた中の1つや2つくらいは調整できる部分があるのではないか。それらを万全に活用して、「あれ、この音はちょっと好きじゃないな」と思ったカートリッジをぜひ自分好みに調教してやってほしい。それは私にとって苦しくも楽しい作業であるのだが、さて皆さんにとってはいかがだろうか。

(2023年1月10日更新) 第342回に戻る


※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)


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炭山アキラ(すみやまあきら)

昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。


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