現金もカードも持たずにクロアチアに妹を迎えに行った話
買い物しようと街まで♪
出かけたら~♪
財布を忘れて♪
愉快なサザエさん~♪
買い物に出かけて財布を忘れた事に気づいて愉快になっているサザエさん。小さい頃は「ハハハ、そんなアホな話あるか!」と突っ込んでいた私だが、その頃はまさか16歳になった自分にはるかに次元を超えた大ブーメランが飛んでくるとは思ってもいなかった。
事件が起こったのは2022年4月13日。
私はこの日、友達家族とクロアチアへ遊びに行った妹をオーストリアまで連れ帰ってくる、という任務を背負っていた。
旅程はこうだ。
まずは朝6時半のFLIXBUS(国際高速バス)に乗ってザグレブまで向かう。正午にザグレブのバスターミナルに到着し、少し観光をしてから15時半の列車に乗って5時間かけてPerkovicという謎の町へ向かう。Perkovicでシベニク行のローカル線へ乗り継ぎ約30分、21時半に目的地のシベニクに到着する、という訳だ。長旅である。
当日の朝、私はしっかりと準備を整え(フラグ)、余裕をもってウィーンの高速バスターミナルへと向かった。
このバスターミナルがこれまたややこしい。なぜか肝心なターミナルは工事中だったのか閉鎖中で、全てのバスが道路に面したバス停から発着していた。目の前にやってくるバスをこれかもしれない、今度こそこれかもしれない、と目を凝らすたびに違う行先で期待を裏切られる。出発時刻になってもバスは現れず、心配になり周りにいる人に「ざぐれええええぶ!?」と聞いて確認を取る。皆頷いていた。一安心だ。
出発時刻を10分程度過ぎたころ、ようやく「ZAGREB」と書かれたバスがやってきた。
なるほど、ドイツのベルリンからやってきたようだ。それなら10分程度の遅れは仕方がない。むしろよくたどり着いてくれたものである。
チケットとパスポートを見せて乗り込むと、中にはすでに多くのお客さんが乗っていた。乗っていたというか爆睡していた。私は二階席の一番前の席「パノラマシート」を追加料金を払って予約していた。あまりバス旅は好きではないので、せめて前面展望を見て景色を楽しもうと思ったからだ。
しかし既に私の席には2席を占領して爆睡しているお兄様がいた。しかし「ちょ、そこ予約したんすよ。」と言ったらパパっと1席分空けてくれた。生ぬるい椅子に座ってようやく少し落ち着くことができた。ここから約5時間のバスの旅である。
バスは結局約30分遅れでウィーンを出発した。アウトバーンをひたすら走っていく。前面展望はなかなか良かった。バス旅があまり好きではない筆者にとってもこれは快適であった。バスは数時間走ったところでオーストリア第二の都市グラーツに寄ってお客さんの乗り降りをさせた後、再びアウトバーンに戻った。
しばらくアウトバーンを走っていると国境が現れた。ここから先はスロベニアである。私はこの後起こる悲劇を知らずに、呑気にオーストリアに別れを告げた。ちなみにスロベニアはオーストリアと同じシェンゲン協定加盟国なので、国境といっても特になんの検査もなかった。ただの通過。
国境を越えてしばらく走っていくと、バスはスロベニア国内のMariborという町に寄った。これがまた非常にきれいに整備された町だった。この町のバスターミナルで多くの人が降りた。隣のお兄様も降りて、かなり使える空間が広くなった。快適快適。
さて、楽しみなのはここからである。スロベニアはシェンゲン協定加盟国だが、クロアチアは2022年現在シェンゲン協定非加盟。つまり、パスポートチェックがあるのだ。パスポートのスタンプが増えていくのを見るのが好きな私にとっては非常に国境が楽しみだった。まだ一度もバスで国境検査を受けたことがない、というのもあって私は浮かれていた。
スロベニア側の国境にたどり着いた。「パスポートチェックするからみんな降りてなー」と車内アナウンスが流れる。ほう、降りるんかい。私はてっきり車内に警官が乗り込んできてパスポートを一人ずつ確認していくのかと思っていた。
スロベニアの出国審査は正直よくわからなかった。なんかIDみたいなカードをちらっと見せてほぼ何もされずに素通りしている人が多かった。こんな適当だとは思わなかった。おそらくこのバスの利用者の多くがEU市民権を持っている人たちなのだろう。たまにパスポートを提出している人もいた。しかし数秒後には返されていた。
列に並んで数分後、私の番が回ってきた。私はパスポートと在留許可証を審査官に提出した。数秒で帰ってきた。パスポートの中を確認した。ん、あれ、スタンプは?
「スタンプがない」
Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン
私はてっきりスロベニア出国のスタンプをもらえるものだと思って楽しみにしていたというのに。なにもないじゃないか。これが普通なのか?
少し落ち込みながらバスに乗り込み、今度は少し走ったところにあるクロアチアの入国審査が行われるゲート前で降ろされた。
ここでは少し時間がかかった。少なくともさっきのスロベニア出国審査よりは丁寧に行われていた。と言っても一瞬で終わるが。せめてここではスタンプもらえますように…そう祈りながら私は審査官にパスポートと在留許可証を提出した。
「ガシャン」
スタンプキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
初めての車のスタンプをもらえた。クロアチアなのになぜHR?と思って調べてみると、クロアチアはクロアチア語でHrvatskaと言うらしい。なるほど、わからん。
しかし出国入国審査ともに、今まで私が経験した中で一番適当であった。誰か簡単にすり抜けられそうな気がする。まあシェンゲン協定に入っていないとはいえEUだからこんな感じでいいのかな。
スロベニア出国スタンプをもらえなかったのは少し残念だったが、私は初めてクロアチアへ入国した。ザグレブまでのバス旅はあと少し。この時の僕の感想は「道東道みたいだなぁ…」であった(筆者は北海道育ちである)。
しばらくするとクロアチアの首都、ザグレブへ到着。時計を見ると到着予定時刻の11:55はとっくに過ぎていて、バスターミナルに到着した時には既に13時だった。観光の時間がほとんどなくなってしまった。
現在時刻13時、列車の出発時刻は15時20分、この中途半端な時間で何をしようか、と思っていたその時だった。
ない。
ないのだ。
カードが。
私のMastercardが。
カード入れに入っていないのである。
もう一度確認した。
やっぱりない。
しかも馬鹿にしているかのようにカード入れから出てきたのがこれだ
旭川駅の入場券など、ここクロアチアでは全く役に立たないのである。
そして更に運の悪いことに、現金を3ユーロしか持っていない事に気づいた。そしてここはクロアチア。この3ユーロですら「通貨が違うため」使えないのである。
私は真っ先に「カードをバス車内で盗られた」可能性を考えた。
そんな馬鹿な。ずっと足元のカバンに入れてあったはずだ。
私は隣の席にMariborまで座っていたあの男のことを真っ先に疑った。
「まさかあいつがやったのか、、、」
私はオーストリアにいる家族に真っ先に電話をかけた。
私「ザグレブ着いてんけどな、カードがないねん、、、僕の部屋に置いてあったり、、は、ない、、、? なんかどっかのカバンの中とか、、、」
母「ないで、、盗られたんちゃうん?あほやなぁ」
私は絶望のどん底であった。異国の地でお金を一銭も持っていない状態でただただ突っ立っているのである。かばんの中に入っているのはペットボトル約半分の水と、母が朝作ってくれたサンドイッチ残り一つであった。
母「まって、これちゃうん!?」
私「あったん!?」
母「ちっちゃい小銭入れの中に入ってるで!!あほやなぁああ」
私はハッと思い出した。
私は昨日、友達とチェコに日帰りで出かけていた。私はチェコによく行くので、チェコの通貨用の財布を持っていた。
そして昨日チェコでカードを使ったときに、私は無意識にカードをチェコの財布に突っ込んでいたのである。そして今朝準備をしている時に必要のないチェコの財布をカバンから取り出して机の上に置いた。その中にカードが入っているのにも関わらず。
私「あほやぁ、、」
まさにただのアホである。
そしてなんの罪もないのに真っ先に疑ってしまったMariborまで隣に座ってたお兄様、誠に申し訳ございませんでした。
私はこの先どうしようか考えた。
お金を一切使わない状況でウィーンに帰るか、友達家族のいるシベニクまで行くことが可能なのか。
結論からいうと、可能だった。
幸運なことに、私は今回の旅行に必要な全てのチケットを手元に持っていた。つまり、目的地のシベニクまでは一切お金を使わずに行くことが可能だった。
そして食料問題。これもまた幸運なことに私のカバンの中に入っているペットボトル半分の水と母が作ってくれたサンドイッチ一つがあれば餓死する恐れはなかった。これほど母のサンドイッチに感謝したことはない。
私は旅行続行の判断をした。
シベニクまで行けば友達家族がいる。迷惑をかけることになるけど、とにかくシベニクまでたどり着けばなんとかなる…!!と。
しかし流石にザグレブを観光する気にはならなかった。万一電車に乗り遅れたらそれこそ一巻の終わりだからだ。少し早いが、駅へ向かうことにした。
クロアチアで一番大きな駅がこれか、、、
なかなか小さな駅である。
中に入ると電光掲示板があった。本数はなかなか多いようだ。
今回乗車するのは15:20発のICN、Split行きだ。
まだあと1時間以上あるが、何もすることがないのでボロボロの自販機の前でひたすら座って過ごすことにした。
いくらなんでもボロボロすぎないか。いったい何をどうしたらこんな事になるんだ。
しかしひたすら自販機を眺めているのも飽きてきたので、ホームでクロアチアの列車を観察することにした。
ホームは意外ときれいであった。しかしめちゃくちゃ気になるものがある。
ホームとは反対側の扉を開けて喫煙している男がいた。反対側の扉って普通開くものなのか。日本で同じことをしたらこっぴどく叱られるだろう。なんならSNSで叩き潰される事だろう。我々の常識はこの国では通用しないようだ。なかなか自由な国だ。
あと線路がぐにゃぐにゃしてるのがめちゃくちゃ気になる。線路ってこんな目視で分かるほどぐにゃぐにゃしているものだったのか。なんだか発展途上国感がすごい。まあきっとこの国では大丈夫なんだろう。、ということにしておこう。
なるほど、この国の鉄道はツッコみどころ満載である。もはや元の塗装が分からないくらいに落書きされた車両がやってきた。もはや「走る落書き」である。
出発時刻10分前にホームに行くと、多くの若者であふれかえっていた。そして向かい側のホームにはさっきの走る落書きとは対照的にピカピカの近郊電車がとまっていた。
出発時刻になっても列車は来なかった。5分経った頃にようやく現れた。
ここからがカオスだった。ホームにいる人全員が3両編成のこの列車の扉をめがけて集まってくる。カオスである。ここはインドか。そしてやっとの思いで乗り込んだところで車内もカオスだった。まず予め申し上げておきたいが、この列車は「全席指定」である。どうしてこんなカオスになるのかがわからん。
私「すいません、ここ予約したんですけど、、、」
女性「わたしも違う席予約してたけど違う人が座ってたの~」
カ オ ス
私の指定した進行方向窓側席よ、さらば。
出発しても結局全然座れずに空いてる席を探し回った。
最終的に発見した空いている席は、進行方向逆の席だった。しかも知らない人と向かい合わせ。
ここからが真の地獄だった。
狭い席で耐えること数時間、少し酔ってきたのだ。
原因はすぐわかった。
振り子である。
クロアチアの地形が関係しているのか、列車はひたすらS字カーブをぐねぐね走行していく。そのたびに列車は右に左に飛行機のように傾く。別に普段なら少し気持ち悪くなる程度で済むだろう。しかし今回は先ほど述べたように「逆向き座席」である。しかもペットボトルの水の量は限られている。水分補給も思うようにできない。気持ち悪い。とにかく気持ち悪い。
しかも最悪なことに、マップを確認すると明らかに列車は遅れていた。この地獄列車に予定よりも長く乗り続けなければいけないのだ。苦しすぎて途中の駅で降りようかとも考えた。しかし忘れてはいけない。私はお金を一銭も持っていない。降りたら全てが終わるのである。
更に、遅れのせいで乗り継ぎの電車に間に合わない事が判明した。いったいどうしたらいいのだろうか。しかしそんな事を考えている余裕はなかった。
私はあまりの気持ち悪さにデッキに出た。トイレに行こうとしたのだ。しかし誰だ、トイレに閉じこもっている奴は。全然トイレが空かない。ずっと閉まっている。最悪である。
私はドアの側に座り深呼吸を繰り返しながらドアの隙間から入ってくる涼しい新鮮な風を吸ってどうにか気持ち悪さを紛らわせようとした。しかしそうしている間も列車は右に傾き、、左に傾き、、、
あと3km。私はカバンの中から引っ張り出したビニール袋を片手に、ひたすら耐え続けた。あと2km。あと1km。
扉が開いた。
そこには新鮮な冷たい空気と、一両のローカル列車が待っていた。
もうダメかと思った。あと1kmでも長く列車が走っていたら私は耐えられずに吐いていたことだろう。「もう一生この列車には乗らない」そう誓って乗ってきた地獄振り子列車を見送った。
私はなんの行先表示もないローカル列車に乗り込み、車掌と思われる人に聞いた。
私「シベニク!!??」
車掌「Yes」
勝利を確信した。
このローカル列車は快適そのものだった。ゴゴゴゴゴゴというディーゼル音を響かせながらゆっくりとガタゴト進んでいく。空いている窓から冷たい風が入ってくる。天国だった。そしてようやく…
21時50分
シ ベ ニ ク 到 着
そこには友達家族のお父さんが迎えに来てくれていた。
こうして私はウィーンからシベニクまで、一切お金を使わずにたどり着いたのである。
翌日、私は友達家族に快く貸していただいたお金を受け取り、妹を連れて無事に「飛行機で」ウィーンに帰還した。
ご迷惑、お手数おかけして大変申し訳ございませんでした(土下座)
最後に:
すごいことを成し遂げた話みたいになっていますが、所詮私はカードを家に忘れたまま外国に出かけたアホな高校生です。ご覧いただきありがとうございました。
あとあの振り子鉄道はもう一生乗らんからな!!
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