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#75 ザ・キッド・ラロイ『ザ・ファースト・タイム』

服部さんへ
 エミリー・サンデーの新作紹介、ありがとうございました。洋楽贔屓との誹りを受けるのを承知で言うと、J-POPにも歌が上手なシンガーは多いけど、心を揺さぶられるような歌を歌う人は、稀だと僕は思っています。そこが、海外との違いかなと。要は、カラオケで100点満点を取るのが、素晴らしいシンガーとは限らないということです。
 その聴く者の心を揺さぶるシンガーのひとりが、エミリー・サンデーです。今作もまさに、ですね。確か服部さんのインタビューの際、質問内容にエミリー側もとても好意的だったんでしたよね? 今度、どんな話をしたか教えてください。彼女のバックボーンや内面に、興味があります。
 ただ、この手のシンガーに王道で来られると、時としてトゥー・マッチ(収録曲名にもありました:笑)になってしまうのも事実で。そのあたり、トラップ風味の「My Boy Likes To Party」や、まさかのレゲエの「Light
house」など、外しの美学みたいなものを感じさせる好楽曲が配されているところが、さすがです。モヒカン(?)からの変貌ぶりも、いいですね。
 では、僕からの新作紹介を。今回は、末恐ろしい20歳、キッド・ラロイ です。いわゆる「ロック」ではないですが、そういう次元を超えた、2020年代を象徴するようなアルバムだと思っています。

ザ・キッド・ラロイ 『ザ・ファースト・タイム』

 先日、中学時代からずっと大好きな『ベストヒット USA』で、小林克也さんがこんなことを言っていた。「ラップはもはや、ポップスになった」。“膝を打つ”(古いか)とは、このことだ。ラップ・メタルとも呼ばれたヘヴィ・ロックや、ミクスチャー・ロックなどとは全然違った文脈で、しかもほとんど違和感なく、ラップを聴いている自分がいるのだ。
 それはたとえば、ヒップホップに耳が慣れたから、というような問題ではないと思う。ジャンル分けが無効で意味をなさない時代となる中、大衆的な音楽=ポップ・ミュージックの表現として、ごく自然にラップが用いられるようになったことが大きいだろう。ん? 逆に言えば、それだけヒップホップがより大衆化、メインストリーム化したということ?   まあ、そのあたりは音楽評論家の先生方に、お任せするとして。
 キッド・ラロイ 。ジャスティン・ビーバーとの「ステイ」でスターダムを一気に駆け上がった20歳の新星は、このデビュー・フル・アルバムで破格の可能性と未来を突き付けてくる。BTSのジョングクから、フューチャー、ロバート・グラスパーまでを迎え、ダンス/エレクトロもヒップホップ/トラップもR&Bも自在に乗りこなし、しなやかで軽やか、だけど軽薄ではない、驚異的にハイ・スペックなポップ・チューンをラップ&ヴォーカルで歌い切っている。曲タイムもほとんどが2分半程度で、キャッチーなコーラスが満載。すごい。
 とは言え、ロック・ファンとしては、この曲を取り上げておきたい。

 もう1曲、最近のポスト・マローンの作風にも通じる美バラードを。 

 混交と多様を極める、2020年代のポップ・ミュージック。素晴らしいと思う心の隅っこに、米粒大の寂しさがくすぶっている気がするのは、僕が年寄りになったということか。気がつけば、『ベストヒット USA』しかり、他のチャート番組もしかり、ランキング上位曲のMVからギターが、いや、ベースも、ドラムも姿を消しちゃったなあ……。
                              鈴木宏和


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