アルバム往復書簡

服部のり子:音楽ライター。洋楽を中心に執筆し、FM大阪/INTER FMの番組『My …

アルバム往復書簡

服部のり子:音楽ライター。洋楽を中心に執筆し、FM大阪/INTER FMの番組『My Jam』などで構成を担当。鈴木宏和:ロックを中心にウェブや雑誌、フリーペーパーなどで執筆。JAL国際線機内オーディオ洋楽番組の企画/選曲を担当。

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往復書簡について

鈴木さんと私は、ともに音楽ライターですが、得意とするジャンルが異なっています。鈴木さんは主にロック、私はポップスやクラシカルクロスオーヴァーの記事を書いたり、インタビューをしています。その違いを生かす企画として、この「アルバム往復書簡」を始めることにしました。私がロックの新譜を聴いてどう思うか。反対に鈴木さんがクラシカルクロスオーヴァーの新譜を聴いてどう感じるか。それがそのジャンルやそのアーティストに興味がなかった人の入口や、守備範囲を広げるきっかけになったらいいなと思ってい

    • #110 ベッカ・スティーヴンス『メイプル・トゥ・ペーパー』

      ベッカ・スティーヴィンス『メイプル・トゥ・ペーパー』  むきだしの肉声で生々しく歌っていく。1曲目の《ナウ・フィールズ・ビガー・ザン・ザ・パスト》が流れたとたん、70年代が鮮明に蘇ってきた。今回の新作は、全曲ギターの弾き語り。実際にライヴ方式で録音されたという。そして、ベッカ・スティーヴンスがソングライティングからプロデュース、アレンジ、エンジニアまで全てを初めてひとりで務めている。  最初聴きながら、怒りに近い感情が伝わってくるなと思ったら、制作のインスピレーションにな

      • #109 オアシス「『Definitely Maybe(邦題:オアシス)』30周年記念デラックス・エディション」

        オアシス「『Definitely Maybe(邦題:オアシス)』30周年記念デラックス・エディション」  ついにというか、とうとうというか、やっぱりというべきか、オアシスが復活しました。すでに世界中のロック・ファンが大騒ぎ。きっとその時が来ても、経緯が経緯だし、意外と静観しているのかも……と思っていた僕だったのですが、控えめに言っても心が躍っています。  何がうれしいって、自分の中の「90年代ベスト・ロック・ソング」に、ニルヴァーナやグリーン・デイらの曲とともに、オアシス

        • #108 マックス・リヒター『In A Landscape』

          マックス・リヒター『In A Landscape』  傷だらけの魂が奥深くから浄化されて、全身の細胞がじわじわと騒ぎ出すという表現がいいのか、マックス・リヒターの音楽に心臓が静かに高鳴り、自分の体に何か変化が起こっていることだけはわかる。”ポスト・クラシカル”の旗手として活躍する作曲家だけに作品を発表するたびに新たな世界へ誘ってくれる。  この新作は、タイトルが物語るようにイギリスの自然豊かな田舎町に構えた自身のスタジオで初めて制作されたアルバムで、ひとつの特長としては曲

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          #107 ビーバドゥービー『ディス・イズ・ハウ・トゥモロー・ムーヴス』

          ビーバドゥービー『ディス・イズ・ハウ・トゥモロー・ムーヴス』    一昨年のサマソニで初来日した、ビーバドゥービーことビートリス・クリスティ・ラウスは、2000年にフィリピンで生まれ、ロンドンで育ったシンガー・ソングライター。アジア系女性として人種差別を受けることも少なくなく、自身のアイデンティに悩んだ時期もあったようだが、今や世界中に彼女の音楽を必要としている人がいる。その事実を、同じアジア人として心から祝福したい。テイラー・スウィフトのツアーのオープニング・アクトという貴

          #107 ビーバドゥービー『ディス・イズ・ハウ・トゥモロー・ムーヴス』

          #106 カリード『シンシア』

          カリード『シンシア』  いつもこんな書き出しになってしまうけれど、カリードもこの声にひと聴き惚れした。優しさにあふれて、ハイトーンヴォイスは美しく、なによりも誠実な人柄が伝わってくるのがいい。ジャンル的にはオルタナティヴR&Bになるけれど、それはサウンドに対する位置づけで、彼自身の歌は、クラシック・ソウルの影響が色濃く映し出されている。  カリードが10代でデビューした時、神童などと言われたみたいだけれど、5年ぶりとなるこの3rdアルバムを本人は、”原点回帰”の作品という。

          #106 カリード『シンシア』

          #105 ワンリパブリック『アーティフィシャル・パラダイス』

          ワンリパブリック『アーティフィシャル・パラダイス』  いくら努力したって手にできないものはあるし、才能がなければ第一線で活躍するミュージシャンになどなれないわけだけど、僕が現在のロック界隈で天才だと思っている人が4人いる。ノエル・ギャラガー、クリス・マーティン(コールドプレイ)、アダム・レヴィーン(マルーン5)、そしてワンリパブリックのライアン・テダーだ。  ライアン・テダーの天才ぶりを改めて確信した曲が、映画『トップガン マーヴェリック』にフィーチャーされた「I Ain'

          #105 ワンリパブリック『アーティフィシャル・パラダイス』

          #104 ジョイ・ラップス『Girl in The Yard』

          ジョイ・ラップス『Girl in The Yard』  音階のある旋律打楽器という特性を持ち、奏でられる倍音の美しさが際立つ。くわえて故郷のアフリカを偲びリズムを叩きたいという欲求と情熱から、破棄されたドラム缶で手作りしたというスティールパンの原点。いわゆる悲劇の歴史から生まれた楽器ではあるのに、音色はとてもピースフルというのも無性に心惹かれるところだ。  ジョイ・ラップスとの出会いは偶然だった。何か調べ物をしている時に美しいジャケットに出会い、アルバムを聴いてみた。そし

          #104 ジョイ・ラップス『Girl in The Yard』

          #103 イン・イン『マウント・マツ』

          イン・イン『マウント・マツ』  不快指数200パーの暑さゆえ、僕も今回は気持ちだけでも涼しくなるような作品をと、クルアンピンを取り上げるつもりだったのだけど、配信でFUJI ROCKを観て、ぐぐぐっときてしまったので、同じインスト中心のバンドでクルアンピンにも音楽性が近い、イン・インの最新作をプッシュしたい。  FUJI ROCKで初来日を果たしたイン・インの舞台は、ピースフルな会場群の中でもとりわけピースフルな、FIELD OF HEAVEN 。何がぐぐぐって、メンバー

          #103 イン・イン『マウント・マツ』

          #102 カサンドラ・ジェンキンス『My Light, My Destroyer』

          カサンドラ・ジェンキンス『My Light, My Destroyer』  このウィスパー・ヴォイスが大好き。ちょっとハスキーで、媚びたり、過度に自己主張したりすることなく、風に漂うようなナチュラル感。この歌がまずホッとさせてくれる。暑さのせいだけではなく、その心地好さがいまはとてもうれしい。  大学でサウンド・デザインを学んだとかで、歌の間に挟み込まれるインタールードでは口笛や鳥の鳴き声が聴こえてくる。話し声とピンポーンという音だけの『Music??』というものもある。

          #102 カサンドラ・ジェンキンス『My Light, My Destroyer』

          #101 カサビアン『ハプニングス』

          カサビアン『ハプニングス』  トム・ミーガン脱退の衝撃から、早2年。取材をしたことがある方ならわかる通り、トムとサージ・ピッツォーノの仲の良さは微笑ましい限りだった。飛行機でも隣同士の席なんて、ありえないでしょ、普通。だから、トム脱退は、バンド終焉へのカウントダウンにも思えた。だって、今のリアム・ギャラガーの音楽も歌も、ノエル・ギャラガーの音楽も歌も、絶対にオアシスではないのだから。  だけど、サージという男は違った。前作こそ少なからず手探り感があったものの、この新作で聴く

          #101 カサビアン『ハプニングス』

          #100 PJモートン『Cape Town to Cairo』

          PJモートン『Cape Town to Cairo』  アルバム冒頭の『Smoke and Mirrors』が流れたとたん、生命力あふれるパーカッションにやられた。ニューオーリンズ出身のシンガー・ソングライターであり、キーボード奏者としてマルーン5に参加しているPJモートンが自身のレーベルから出した新作は、30日間かけて南アフリカ、ナイジェリア、ガーナ、エジプトを旅しながら制作したもの。だから、タイトルが『ケープタウン・トゥ・カイロ』なのだ。しかも新曲を揃えて、現地ミュージ

          #100 PJモートン『Cape Town to Cairo』

          #99 ボン・ジョヴィ『フォーエヴァー』

          ボン・ジョヴィ『フォーエヴァー』  そう、だってタイトルがこれなんだもの。  僕は編集者時代を含めると、四半世紀以上、洋楽に近い業界に身を置いてきたことになるのだけど、ボン・ジョヴィを好きと声高に言うことが、なんとなくはばかられるような空気をずっと感じていた。僕は、好きですよ。  まだ50手前のジョン・ボン・ジョヴィにインタヴューした時、「今後のキャリアの展望というより、そろそろキャリアをどう終えるかを考えていかないといけない」と言っていて、その言葉がずっと頭に残っていた

          #99 ボン・ジョヴィ『フォーエヴァー』

          #98 リアナ・フローレス『フラワー・オブ・ザ・ソウル』

          リアナ・フローレス『フラワー・オブ・ザ・ソウル』  リアナ・フローレスも20代半ば。インディーズからリリースした曲がバイラル・ヒットとなったこともあって、この『フラワー・オブ・ザ・ソウル』でメジャー・デビューとなった。いわゆるZ世代だけれど、3分以下の曲でイントロなしでいきなり歌い始めるタイプではない。彼女もきっとザ・レモン・ツィッグス同様に伝統的なソングライティングを愛しているひとりだと思う。  UKののどかな田舎町で生まれて、成長する過程で母親の祖国ブラジルのボサノバを

          #98 リアナ・フローレス『フラワー・オブ・ザ・ソウル』

          #97 ザ・レモン・ツイッグス『ア・ドリーム・イズ・オール・ウィ・ノウ』

          ザ・レモン・ツイッグス『ア・ドリーム・イズ・オール・ウィ・ノウ』  好きなんです、この米ニューヨークの兄弟たちの音楽が。これでふたりともまだ20代半ばというのだから、やっぱり才能というやつは恐ろしい。そして素晴らしい。これぞ現代のブリティッシュ・インヴェイジョン。  本人たちも影響源として公言している通り、ビートルズにビーチ・ボーイズ、バーズ、モンキーズなど、彼らの音楽的ルーツは60年代、70年代の黄金期のポップ・ミュージックにある。しかしその年齢を考えてみればわかる通り、

          #97 ザ・レモン・ツイッグス『ア・ドリーム・イズ・オール・ウィ・ノウ』

          #96 ウィロー『Empathogen』

          ウィロー『Empathogen』  ウィローの新作は、ロックでもR&Bでもなかった。1曲目の『home』は、いきなりジャズ・ピアニスト、ジョン・バティステの歓喜の雄叫びから始まる。若き才能と一緒に音楽を楽しむことへの歓び、期待感から発せられた声だと思うので、いきなり期待感を煽られるわけだけれど、アルバムはそれを裏切ることはない。  もともと「ポップ・カメレオン」と言われるなど、ジャンルに縛られないアーティストではある。これまでもその時どきの自分を作品に反映させてきた。それが

          #96 ウィロー『Empathogen』