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タクシーからの風景 ~ある美女

ひとりの美女を乗せた。歳の頃なら20代半ば、背もすらりと高く、明らかに一般民衆よりもワンランク上の容姿であることから、モデルかなにかだろうと思われた。

客の多くは、行き先を告げるなり、携帯をかける。
一般民衆よりワンランク上の彼女も、一般民衆と同様、すぐに携帯をかけ始めた。

どうやら相手は、仲の良い先輩の女性らしかった。
そして内容は、彼氏に関するグチなのであった。
その電話から判明した基礎知識としては、彼氏の仕事はレースクイーンや展示会モデルの手配師で、この日も鈴鹿に出張しているが、夜には帰ってくる。そしてこの日はちょうど彼の誕生日なので、手料理でお祝いをするべく、彼女は食材を購入中なのであった。

「でもね、やっぱそういう仕事柄なんだろうけど、あちこちに女がいるみたいなの。『港港に女あり』って言うのかな、いま行ってる鈴鹿にも女がいるみたいなの」

ン? なんだか表現が妙に古くさいナ、見た目よりも歳がいってるのかな?

「鈴鹿だけじゃなくて、あちこちに『現地妻』がいるらしいの」

まちがいない。30は越してる。『現地妻』は、なかろう。

「でもね、そんなことはどうでもいいの。あたしは、籍を入れてほしいだけなの」

……だんだん、雲行きが怪しくなってきた。

「こんど、何とかうまく、子供を作ろうと思っているの」

ええっ?!

「そしたら、彼も籍を入れてくれると思うのよね」

さすがにここに至って、電話の相手である先輩も、彼女に思いとどまるよう説得を始めたらしく、お馴染みの、不毛な押し問答がしばし続く。もちろん相手の声は聞こえないのだが、明らかに先輩は「それほどの男じゃない。あんたはだまされている」と主張し、件の美女は「そんなことない。いいところもあるの」と、反論するのであった。

ありがちな事だが、「相談」の多くは、すでに自分の中では解答が決まっており、相手にはその「同意」を求めているだけのことが多い。
ワンランク上の彼女の場合も、例外ではなかった。

「いいの、ほかに女がいても。最終的に、あたしのとこに戻ってきてくれたら、それでいいんです!」

……。

そういうものなのだろうか?
こんな美女をここまで狂わせる男を、ちょっと見てみたい。しかし、モテない男の代表を自認する僕は「どうせ、ヤな男なんだろう!」と、勝手に合点するのであった。

そして残念ながら、僕が勝手に合点したところで、目的地に到着してしまったのであった。

この記事は故人の遺志により、妹が公開したものです。故人ですのでサポートは不要です。ただ、記事からお察しのとおりろくでもないことばかりやらかして借金を遺して逝ってしまったため、もしも万が一、サポートいただけましたら、借金を肩代わりした妹がきっと喜びます。故人もたぶん喜びます。