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【ランニング日記】走ることはもう日々の一部なのだから【5/24(月)〜5/28(金)】

5/24(月)

前日、明らかに少しカロリーオーバーの食事になり、夕方に糖質もしっかりめにとった。で、体重もしっかり増えていた。のですが、今日のランニングはなんだかとても疲れにくかった。

エネルギーがちゃんと身体に残っていたのかもしれない。少しだけ身体に入れて走るの大事かもしれないなあ。特にこれから夏にかけて。と、思いながら走る。

そうやって身体と向き合っていくのが大事だと、ここのところつくづく思わされる。

今週はほんとうにハードな一週間になりそうなので(スケジュール的に)、しっかり食べてしっかり走って乗り切っていこうと思います。

5/25(火)

昨日は撮影2本立てで帰るのもすっかり遅くなり、ヘトヘトになったままベッドに入った。

でもどちらもほんとうに、ほんとうに良い撮影で、どちらも取材させてもらった方がすばらしくて、帰ってきた夫をつかまえてその魅力を熱く語ってしまった。良い時間だったなあと今も思う。

その取材にかなり励まされたので、今日もまあ眠いけれども5時に起きて走る。明日はおそらく早朝に家を出ての撮影なので、今日のうちに少し距離を伸ばしておくべく、5キロの日だけれど7キロ。

今日もノースリーブで外に出ると、気候とのバランスが良かったのかやけにスピードが出る。せっかくだからそのままちょっとがんばって、タイムを維持して走る。昨日からやけに身体が動きやすい気がする。

有酸素運動では場合によっては筋肉を落としてしまう、とか、ダイエットにはランニングより筋トレ、とか、いろんな情報があって、そして確かに勉強すればするほどそれはそのとおりで、じゃあいったいなんで走るんだ…と、少しもやもやすることが続いていた。

でも今日は走っていたらほんとうに、ただ素直に気持ちよくて、もう私にとって走ることは日々の一部なのだな、と、なんとなく思った。いや、走りたくないわけだけれど、でも「走るな」と言われたらそれはめちゃくちゃ悲しいし、もし何かの理由で走れなくなったりしたら、絶望してしまうと思う。

そう考えると、「より良く走るために筋トレをする」という考え方だってあるはずだ。実際、陸上選手の脚はめちゃくちゃにかっこいい。昨日と今日のランニングの調子がやけにいいのは筋肉がついてきたからなのかそれは全く関係ないのか、正確にはわからないけれど、でも体型が変わることで走りやすくなるというのはきっとあるだろうと、それは実感として思う。

大事なのは自分にとって大切なものをちゃんと知ることだ。私はこの先の人生も、なんというかランニングとともにあるといいな、と思う。できるだけ長いあいだ走っていられたらいいなと思う。70代、80代になっていても走っていたい。そういう意味での、健康な身体でありたい。そのために必要なトレーニングを少しずつ重ねていく、というのは意味があることだ、と思う。

筋トレよりも長い間ランニングをしてきたのだから、「走る自分」の身体をもっと大切にしてあげよう、と、今日走りながらなんとなく思った。

あとはきんにくんさん改めきんにくんさまの動画で、「内臓脂肪よりも皮下脂肪は落ちにくい。二の腕、内もも、おしりはなかなか変わりにくい」と言っていたのでめちゃくちゃ励まされた。そうなのよお腹周りは結構はやくすっきりするけれど、目に見えるところがなかなか変わらない。気長にコツコツと、続けていこう。

5/26(水)

早朝に家を出て奥多摩にて撮影だったため走らず。

その代わり(その代わり?)奥多摩のキャンプ上で急な坂を何度も登ったり下りたりしました。

5/27(木)

小雨が降っている。けれども昨日も走っていないので外に出て走る。

昨日は奥多摩からの神宮で、もうクタクタになって帰ってきたので、ゆっくり寝ようと目覚ましをすこしゆっくりの時間にセットして寝た。のだけれど、結局5時に目が覚める。

ゆっくり準備し、今日は7キロくらいにしておこうと思いながら走り始める。明日10キロがんばろう。

小雨だけれどもヤクルトなら試合をする程度の雨。走らなければバチが当たる。当たらないけど。

村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』をまた読み返している。たぶんもう7回目くらいだと思う。それでも読むたびに、違う発見があっておもしろい。

今回は「走ることと距離をおいていた」村上春樹が、「長く走ることで身体もいびつになるかもしれない」と気にしていたところにものすごく共感してしまった。私なんてまだ走り始めて3年だけれどもそれでもまさにここのところその、走ることでの筋肉の影響について考え込んでしまっていたのだ。

でも私はやっぱり、「長く走りつづけること」をこの先も大切にしていたい。もう走ることが生活の一部になっているから。いや、走りたくないのだけれど。

結局のところ私は日々走ることから、「続けること」を学び続けているのかもしれない。そして「続ける力」みたいなものをつけようとしているのかもしれない。持久力を培う、というか。

もちろんそれが身体にとって明らかに悪影響なら続けることそのものを見直さなければいけないけれど、たとえば筋肉の形が「走る人」の形になるとすればそれは、良き変化としてとらえるべきだな、と思うようになってきた。大切にしたいことは、「80歳になっても走っていること」だとやっぱり思うから。

まあいずれにしても、村上春樹だって走ることに不安を感じたりするわけだから、私がたまに不安になるのなんて当たり前なのだ。

そもそも、なんでもかんでも「続ける」ことはやっぱりできない。もちろん、ある程度は好きなものでないと続かない。そして好きでも、続けることをやめるのはほんとうに簡単なのだ。だからせっかく自分に続けていけるものがあるのであれば、とことん向き合っていよう、と思う。そして向き合うからには考え込むことも不安になることももちろんあるけれど、それもひっくるめて、向き合いながら続けていこう、と改めて思う。

さてそんな風に考えながら走っていたら身体がだんだん軽くなってきて、結局9キロを走ることにした。明日はまた朝からドタバタなので今日中に走っておいてよかったかもしれない。

小雨もこの季節は心地いい。でも身体に疲れがたまっているのはたしかなので、今日はしっかりお昼寝しよう。

5/28(金)

先週からわかっていたのだけれども今週はなかなかどうしてほんとうに、ハードな一週間だった。きわめつけの本日は、朝7時に出るむすめのお弁当作りならびに息子のバースデーパーリーである。今週すでに3本の撮影を乗り越えた私に容赦ない。ちなみに今日も撮影である。

でもそんな日も、走るのである。しかも、お弁当を作ってから、走る。ちょっともうほんとうにえらいと思う。誰にも言われないから自分で言う。まあ、自分のために走るから誰にも言われないのは当たり前だけど。

昨日は9キロ走り、今日は7キロにしておこうと思いながら結局8キロを走る。今週はなかなかタイムが良かったのだけれど、さすがに今日はもう疲れもたまっているのか、そこまでのスピードは出ない。

だけどまあ、やることをやって、そして疲れもたまっている中であえて、ちゃんといつもどおり走る、身体をさらにしっかり疲れさせる、というのも大切な気がしている。その上で、しっかりと寝る、休む。私の身体は私にしか守れないので、そのあたりのバランスを自分でしっかり見極めてあげながら、やっていこう、と、なんかそんなふうに思う。

さて今日を乗り切ったら週末は温泉だ!おつかれ私の身体と筋肉。週末はゆっくり休めますように!

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