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【3/3 オープン戦 巨人戦○】いつかそのユニフォームが馴染む頃に

2階席から球場を見下ろすと、セカンドを守る選手がたいしに見えた。「今日はセカンドはたいしか」と、一瞬思い、いやいやちがったたいしはもういないんだ、と、また現実を思い出す。そこにいたのはたいしじゃなくて、たけしだった。

でもたけしだけじゃない、もう打席に立つ選手誰も彼もがたいしに見えた。塩見も荒木もみんなたいしに見えた。なんなら巨人のショートを守る背番号32の選手もたいしに見えた。

…いやそれはたいしだ、なんと本当にたいしだ、巨人のショートを守る32番のたいし…?そんな世界線があることを、つい3日前まで考えもしなかった。ここはどこの世界なのだろう。私はずっと夢を見ているのかもしれない。

それは月が二つある世界かもしれない、もしくは騎士団長や顔ながの現れる世界かもしれない。少なくとも月が二つあるくらいのインパクトはある。巨人のショートをたいしが守る世界。

目の前の光景が、漫画の中か、ドラマの中の世界のように思えてくる。オフシーズンに見慣れないユニフォームを着てバラエティに出ているのではないかという気もしてくる。頭が目の前の現実に追いつかない。その自分の往生際の悪さに、少しため息をつく。


いつもはただひたすら嬉しいオープン戦観戦の初日、今年はどうしても、球場に向かう足取りさえ重たかった。私はそこで、たいしの巨人のユニフォーム姿を目にするかもしれない、そう思うと、少し怖かったのだ。

それでもドームの外の空は、どこまでも青く、澄んでいた。

たった4日前まで、ヤクルトのユニフォームを着て試合に出ていたたいしは、今日、巨人のユニフォームを着て、巨人のキャップをかぶって、目の前に現れた。

思い通りになんかならない。私はそれを、ヤクルトの試合をみながら何度も何度も思い知ったはずだ。そしてオフのたび誰かがこのチームを去り、引退のニュースに涙を流してきた。どれだけ応援してもヤクルトは負けるし、いつか誰もがこのチームを去る。

でも、ある日突然、まだ23歳の選手が、このチームを離れて、ライバルチームにいくことになるなんて、全く想像もしていなかった。

まさかたいしが、ヤクルトを離れるなんて、思いもしなかったのだ。

だってたいしは、ヤクルトにとっての、みんなにとっての、希望と夢だったのだから。どんなに打てなくても、打てない日が続いても、チャンスで三振しても、それでもみんな、たいしがいつかそのチャンスでとんでもない1本を放つことを、ずっと待っていたのだから。

たいしが打席に立つと、内川のホームランの時よりもさらに大きな拍手が、巨人ファンからもヤクルトファンからも上がった。私もあらゆる感情を、やるせなさも含めたその思いを、ただひたすら、拍手にこめた。

たいしは元気に三振した。たいしだ。紛れもなくたいしだ。と、私は思う。

その三振に、とんでもなく大きな夢をのせているのだ。たとえ着ているユニフォームが、変わったとしても。

みんながそのまま、三振したたいしに拍手を送った。


痛みと寂しさは、繰り返し繰り返し訪れる。何度も受け止めようと、応援していようとそう思うけれど、それでも切なさの連鎖はなかな消えてはくれない。

私が願っても願わなくても、時間は刻々とすぎてゆく。その間にきっと、たいしはどんどん新しいチームになじんでいく。

それを遠くから、見守っていようと、応援していようと、そう思うけれども、でも受け止められるようになるには、もう少し時間がかかる。だけどそれでいいのかもしれないな、とも思う。

「寂しさとか せつなさは 乗り越えてなんかいかなくていい。受け入れて 抱えながら 歩いていけるようになれればいい」と、中学生の頃読んだ『ご近所物語』にもあったじゃないか。

感情が忙しすぎて全く試合の内容が入ってこないような今日も、ぐっちはボテボテのゴロで一塁まで激走する。とにかく、とにかく走るのだ。時間は何はともあれ確実に、進んでゆくのだから、いつかそれに、追いつけるように。

そのユニフォーム姿に馴染む頃、たいしが本当に、夢いっぱいの選手に成長していますように。どうかその時、ヤクルトにたいしがいてくれて良かったと、そう思えますように。


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