気づいてないふりの君を、気づいていないままの今見て。

なんでこんなこと始めたんだっけ。夢とか将来とか不確定な甘みより、今日とか自分とか確定した苦味を味わいたい。忘れていたんだと思い出す。

夜中にDVDを見ていた。敬愛してやまない人を見ていた。シャツの折り方や立ち姿まで重ねたい。まだスタートラインにも立っていないのに、原点に戻る様な気持ちになった。人としてこうなりたい、のこうを思い出した。

見出したら止まらなくて、朝方まで見ていた。暗い部屋で光る画面と鳴る音を全身に染み込ませる。感性に触れさせる。不思議と何も怖くなくなる。無敵になったような錯覚を見せてくれる。

このままじゃ駄目だと改めて思う。会ったばかりの人に嫌われたって、その人たちともう二度と仲良く話せなくなっても良い。そのくらいの覚悟と気持ちを持っていないといけない。

覚えられるかとか、外さないかとか、そんなことはちゃんとやっていれば時間がどうにかしてくれる。想像以上に味方はいるし、想像以上に味方はいない。矛盾しているけれど本当で、欲望の前では理論なんて通らない。だから世界を信じるし、それより疑いたい。嫌いだから信じるし、好きだから疑う。騙されてもいいと思えるまで疑うべきだ。期待しなくなるまで信じるべきだ。

このDVDを買ってもらった時と全く同じ気持ちになれる。これから何があってもこの気持ちに戻って涙が出るだろうか。情けなさや憧れが入り混じった綯い交ぜの感情を流せるだろうか。それができなくなったら自分の感性は死んだということだろう。夜だから、もうすぐ明るくなる真夜中だから、こんな格好つけたことも書ける。いつかの自分がまた思い出せるように書くんだ。

朝起きて、不調だったけれどそうも言ってられない。夜は用事があるから部屋を出なくちゃいけない。

食事をして、寝るか起きているか、買い物に行くか行かないか、迷っていたら昼が過ぎた。

音楽を聴いて、ライブ映像を見て、変わったところと変わらないところを探していた。全て正しい間違い探しをしているようだ。大体、ふたつの絵はどちらも間違っていない。

友人に、今夜会おうと連絡を取ろうかと思っていたけれどやっぱりそんな気になれないからやめた。今夜は早く帰ったほうが良さそうだ。世界中の人がみんな同じ優しさの尺度を持っていれば平和になるだろうか。実はもう同じに揃っているのかもしれない。それに気づいていないのが自分だけだったら、被害者にでもなれるのにな。

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