遠くても近い、というのは確かにあって、それは絵の中だけじゃない。

起きたら夕方だった。昼に寝たのだから当たり前だ。むしろ早く目が覚めたくらいの感覚であるべきだろう。

夜中は何をしていただろう。なんだかずっと食べていたような記憶がある。たいして動いてもいないのに食べ過ぎだと思いながら成長期のような食事をしていた。それからエッセイのようなものを読んで、あとはあまり覚えていない。

目が覚めて夕方、窓を開けたら涼しかった。涼しい風が部屋に流れ込むことと、外の風と扇風機で部屋の空気が回ること、は秋に近づいていると実感させてくれて少し嬉しい。

窓を開けたまま小さい音で音楽を流した。風がわずかに足元を撫で、日が暮れていく。

明日のことも昨日のことも遠くて、今日でさえ掴めない。夜ばかりの薄暗い暮らしは良くないのかもしれない。でも昼間は暑いしどうしろってんだ。

今日は嬉しい報せがあった。寂しい報せもあった。自分の生活が変わることではないのに感情が揺れるのはなんて豊かなことだろう。この部屋から見える場所で生まれる出来事でさえ見えないし感じられないのに、会ったこともない他人の存在が確かにあることを感じられ、そしてそれが喜びになるのは凄いことだ。

遠くても近い、というのは確かにあって、それは絵の中だけじゃない。相反する複雑でありながらとてもシンプルな気持ちや真実は、人間らしくて好きなんだ。

明け透けな文章に感化されれば、このくらいの感傷は簡単に得られるのさ。

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